究極は個の幸せの追求なのだろう。




飼育箱の水の中

橙色は生きてきた。


新入りの赤色は俊敏で、そして若い。



浮き餌を、ねらいすまして、パクつくのは赤。


橙は沈んだ餌を食べようにも、吐き出しては・・ああ、じれったい。




好むと好まざるに関わらず、それが世界のルールなら、

その存在は認めよう。




それでも心がざわつくのなら、そのざわつきをも認めよう。






CINDYさんブログの 共同通信社系 特集記事 【日本(NIPPON)遠望】 

パキスタン編 へのコメントを兼ねて


第二夫人として嫁いだ彼女が幸せだと主張するのであれば、それを否定することは私にはできません。

それもありなのでしょう。

第一夫人の気持ちなど彼女は慮る必要も義理もないとでも思っているのかもしれません。

人間は所詮個の存在なのですから。

他に余計な思いやりなどかける必要などないのでしょう。

だって、自分がドツボにはまってしまいます。

あくまでも大事なのは自分ですから。




でも、それがスキルだとしても、


受け入れたくないと思ってしまうこの感情。



私はドツボにはまってしまったけれど、

はめた奴らは憎いけれど、

マヌケな自分丸ごとを

"ばかだなぁ”という言葉とともに愛していきます。