もう1つだけ石を投げていいですか。
彼女は自殺しました。
生まれたばかりの赤ちゃんを道連れに、
遺書を残して、飛び降りました。
一度、私は彼女に会ったことがあります。
お子さんがまだ生まれていない頃。
妊娠中だったかもしれない頃。
彼女のご主人と彼女と夫と私は、同じ食卓を囲みました。
彼女はポツリポツリと話をしました。
彼女のご家族が結婚に反対していること。
彼女は重病の父親に会いたいのに、
父親も彼女に会いたがっているのに、
姉夫婦がそれを邪魔すること。
ありきたりのことしか言えない私でした。
夫たちが隣りにいなかったとしても、
私には彼女を安心させる言葉が見つけられなかったでしょう。
『お子さんが生まれたら、きっとみんな喜んでくれて、あなたたちのこと認めてもらえるわよ』
会話が途切れるたび、
彼女は隣りに座る彼女のご主人を見つめていました。
彼女のご主人は、
夢中になってウルドゥー語をしゃべっていました。
彼女の視線にも気がつかないようでした。
だから、ちょっと彼女がかわいそうに思えました。
彼女とはそれっきり会うこともなかったので、
私の中で彼女は、印象に残らないまま、そのままで終わってしまうことになりました。
彼女の遺書には、
彼女がパキスタン人のご主人を愛していること と
自分の家族への恨み が書かれていたそうです。
そして、日本が嫌いだ とも書かれていたそうです。
赤ちゃんを産んでも、ご家族の対応は変わらなかったのでしょうね。
私のありきたりな通り一遍の言葉には、彼女の悩みを解決する力すらもなかったのでしょうけれど。
”もうすぐビザが切れちゃうので、ペーパーマリッジでもいいから、誰か紹介してくれませんか?”
彼からの夫あての電話だった。
彼女のご主人が、彼女の死後も日本にいることが信じられませんでした。
彼女が憎んだこの日本に、
彼女と赤ちゃんの命を奪ったこの日本に。
彼には憎しみがないのでしょうか?
そして、私は目を疑いました。
平然と会話をする夫を見たからでした。