いただいたコメントに目を通しています。



”ダメージ”を書く前に、偶然にとても近しいお友達から電話をもらいました。


彼女は近い将来、パキスタンに渡る人。


試行錯誤を続け・・・多分・・・・近い将来、あちらの国へ渡る人。


彼女と話をしていて気がついた。


渡れる人と渡れない人の決定的な違いは、


もし、あちらの生活が続けられないと感じたときに、

”帰る”という選択肢があり、

それが実現できる状況にあるかないかということ。



彼女にはそれがあり、

私にはそれがない。



それは各々の家庭で違ってくる。



やってみなければわからない。

やりもしないくせに、はじめから出来ないと決めてかかっているじゃないか。



これは、私の場合。

今まで暮らしてきたことで、私が感じてること。だから、あくまでも、想像。

きっと・・・私は、喧嘩をしたくないから辛くても我慢しちゃう。

      爆発する時は精神をやられちゃう時だと思う。

      私だけの帰国は認めても、彼らは子供は置いて行けと私に言う。


だから、私は踏み切れない。





それでいながら、8月1日に予約を入れた夫の名前だけが書かれた旅行会社の請求書に胸を痛めてもいるのも、私。

夫を可哀想だと思ってしまった。

そんな風に思うことなんて、いままでなかった。



あの日に夫は打ち明けた。


この夏休みに子供たちを連れて行く気はなかったんだ。

ただ、行きたいって言ってもらいたかったんだ。


行きたくないという言葉は絶対にタブーだから、それを飲み込むことしか私にはできなかった。



夫はいつも黙って帰国をするから、

昨夜の義理の兄との電話にも、そのことには触れていない。

いつものように彼らの親戚への悪口が漏れ聞こえる。




経済的に家族全員での帰国は無理であり、

子供たちの航空券代だって、大人と同じ料金なのだから、

妹や弟の結婚式のために、とっておくつもりなのは計算済みなのに、

夫はあえて問い掛けたのだ。



私を非難しながらも、

夫は義家族への電話で、常に家探しをしているし、自家用車のことまで頭に入れている。



夫の寂しい気持ちを子供たちに伝えられないでいる自分。


私をなじりながら、あちらでの生活のための準備をしている夫。




「俺が死んだら、お前たちは一生パキスタンへは行かないだろう・・・そうに決まっている!」

夫の言葉がとても重い。



だから、私だって苦しんでいる。