こんなことがなかったら、


私にとって、おまわりさんは道を教えてくれる人であったし、


子供たちにも”おまわりさんはみんなの安全を守ってくれるえらい人なのよ”と


ごく普通のママのように子供に話しかけることができたのに。





夫は一度逮捕されたことがある。


仮に夫が日本人であったとしたら、逮捕はされなかったであろう、


小さな交通事故だった。




末の子がまだ歩けない頃の


冬の夜。


家から歩いたら20分ぐらいの交差点だった。



夫の車と相手の車が衝突し、


はじかれた夫の車が、


信号待ちをしていた車にぶつかった。


怪我をしたのは夫だけだった。



だれとでも平気でやりあう夫と最初に到着していた警官と言葉のやり取りがあった。


自分の正当性を訴える夫。


相手と食い違う証言。



シナリオはでき始めていた。



1時間以上の検証のあとに、警官は、目の前にある消防署から救急車を呼んだ。


夫のためにではなく、


停車していた車に乗っていた男性のためにだった。


”彼が足が痛いといっている”


事故直後、痛い首を抑えて、両者に怪我の有無を確かめたのは夫だった。


そして彼らに怪我はなかった。


怪我の程度は全治1週間ほどの打撲の診断書が出たという。(夫の怪我はそれよりも重かった)



突然の電話に、ろくに眠れないまま


起きた私は、朝の新聞をおそるおそるひらいた。


夫の名前がでていなことを念じながら。


相手が誰かもわからない事故。


逮捕されるなんて・・・・周りの誰かが、このことを知っているかもしれないと思い、


道行く人を疑った。


面会に訪れた警察で、


その時、現場に居合わせなかった老齢の警官が口を開く。


『普通こんな程度の事故じゃ、逮捕者は出ないんだけれどね・・・』


その言葉は検察に身柄を送られた夫自身も他の拘留者から、検察関係者からも耳にしたという。


『ビザもあるのに、軽症なのに、免許もあるのに・・・・なんで、ここにいるの?』




わめきたてる外国人だから、気に食わなかったのかもしれない。


外国人犯罪が横行する頃だったから、検挙すれば何か見つかるかもしれないと勇み足だったのかもしれない。




検察から帰ってすぐに身柄の拘束を解かれた夫と私の怒りはおさまらなかった。


家まで車で送ってくれたその老齢の警察官は、もちろん警察の非を認めたりはしなかったけれど、

「あなたは泥棒をしたわけではない。人を殺したわけでもない。ただ、事故を起こしただけだから・・・いやな思いをしたかもしれないけれど、忘れなさい」というようなことを言われた。



警察本部へ抗議の手紙を送ったので、


○○署は話し合いの場をもうけてくれたのだけれど、


当事者の警官とは会わせてもらえないというので、話し合いはながれた。


私たちは、その警察官の謝罪の言葉が欲しかったから。


その後その警察官を職権乱用罪で告訴した。


けれど、結果は不起訴に終わってしまった。




こんな結婚でもしなかったら、おそらくは関わらなかった世界かもしれない。


そして、こういう差別は受けなかったかもしれない。


ただ、こういう差別にあう人たちがいるということを知ってもらいたいと思い、


書いてみました。