夫は義母のことをシンプルな人だと表現をする。夫の目には純で優しい人に写るらしい。

些細なことだった。
もう何年も前のこと。
なんでこんな一場面を覚えているのだろう?

初めて義母が日本を訪れたときのこと。
○○国のデザートであるセモリナ粉を油でいため牛乳と砂糖で味付けをするお菓子の作り方を教えてもらった。。
なべでそれを作る母。こびりつくなべ底。義母に助言した。
テフロン加工のフライパンを差し出して、”これはこびりつかないよ”と。

日本人の来客があった。○○国へも行ったことのあるご夫婦。
張り切る彼女はそのお菓子を作るという。
いつも使い慣れているテフロン加工ではないなべで。

焦がしてしまった・・・。

ご夫婦が帰られたあと、夫に注意された。
”なんでこんな焦げたものを出すの?”
母は私の前で言った。
”アイシャが作ったの。ちゃんと作りなさいって言ったのに・・・しょうがないわ
ね”と確かに言った。
黙る私。あいまいに責任を引っ被った。

そんな些細なことをどうして覚えているのか?
答えは義母が、私と二人きりになる時間はいくらでもあったのに、”あの時はごめんね”と言ってくれなかったから。いいえ、”ごめんね”なんていらなかった。彼女の言い訳が欲しかった。

その一言がなかっただけで些細なことが私の心の中で不信感となり大きくなった。

嫁ぐ前は父親に、嫁いでからは夫に、年老いてからは息子に従うように育った彼女が息子の前で嘘をついてしまったことはある意味しょうがないかもしれない。だからそのことで彼女を責めるつもりはないのだけれど・・・。

明らかな濡れ衣をかぶせて平気でいられる義母は決して特異な女性ではなく、○○国ではごくありふれた普通のシンプルな女性であるというだけ。
それ以上でもそれ以下でもなく。

そして彼女のシンプルは時々残酷でさえある。

彼女の3番目の娘は未熟児で生まれ、虚弱体質だったために幼少時にポリオにかかってしまった。

その娘の前で私の前で彼女は話を続ける。

私はあなたを産みたくなかった。中絶するために薬を飲んだのに、おろせなかった。そしてあなたは生まれ月より早く生まれてしまった。だから、未熟児だったのと。