退職してまず、勉強を始めた。


私の親戚には公務員が多かった。

もちろん、両親も公務員だった。


しかし、私を含めのそ子供たちは

両親を見習わず公務員の道へは進まなかった。


負い目を感じていなかったといえば嘘になる。


両親も子供には公務員になってほしかったと言われたことはなかったが、思っていたとは思う。

強要はしなかったが、そう感じられた。



教師になる勇気はないヘタレの私は学校事務になろうと考えた。

学校事務なら教育の現場に携われるし、営利を目的としているわけではないので、本気で仕事にやり甲斐を感じることができると思った。


そして、地元の学校事務の公務員試験を受験した。


結果は、見事に不採用だった。

当然だ。勉強したといってもたったの3ヶ月。

元々、頭がいいわけではない私が、たった3ヶ月勉強したからといって受かるはずがない。

世の中、そんなに甘くない。

ほのかに期待していた自分が、バカらしく思えた。


それから、来年の公務員試験を受けようとも考えたが、

以前から自分のしたかったNPOに参加したり、

ハローワークの求人を見たりしていたら、

普通に就職しようと思いだした。


逃げが始まった。


NPOに入り浸り、

ハローワークの求人票は普通の一般企業も

視野に入れて検索するようになった。


それでも、両親に対して申し訳ないという思いがあり、一般企業でも「法人」と名がつくものを選んだり、法律事務所や税務事務所など世間で言う「それなり」のところの求人を選んでいた。


時々、採用試験を受けては落ち、

なんとなく過ごし、広告会社を辞めてから1年が経っていた。


さすがに、これ以上、仕事をしていない期間が

空くのはだめだと思い、本気で仕事探しをしようと思った時、

いつも私の相談にのってくれていた

ハローワークのおばちゃんからいい求人が入ったと

紹介されたのが、私が希望していた学校事務の求人だった。


私が希望していたのは大学や高校の学校事務だったが

おばちゃんが紹介してきたのは専門学校の事務だった。


しかし、私は喜べなかった。

給料も安く、正社員ではなく嘱託職員としての募集だった。


ハローワークのおばちゃんに

まずはここを踏み台にして経験を積んで

それから次のステップにいけばいいと説得させられ

私はその専門学校を渋々受けることにした。


月給 ¥135,000

就業時間 8:45~17:00

休日 土日祝

残業 月約20時間程度

雇用期間 9/1~3/31(原則更新)


簡単に言えばこんな条件だった。


そして、書類審査を通過し、面接をし、

私はその専門学校の事務として採用が決まり、

広告会社を辞めた次の年の秋から学校事務として働くことになった。



そう、私を採用し、雇い止めにした、この学校で。