「水源」116ページ上段 より引用開始

「うん?」とその男は怒って訊ねる。「何だよ赤毛さん?」
「あんた、時間を無駄にしている」とロークは言う。
「そうかい?」
「そうだよ」
「へらず口、たたくなよ!」
「梁の回りに導管なんか巻いていたら、時間がかかってしかたないよ」
「もっといい方法があるか?」
「あるよ」
「向こうに行ってる、この青二才。大学でのおぼちゃまにウロチョロされたかないね」
「梁の中に穴開けて、導管をそこに通したら」

「何だって?」
「針の中に穴を開けるんだ」
「はいよ、そうしようかね」
「そうしないだろう、あんたは」
「そんな風には、されたことがないんだよ」
「僕はそうしてきたよ」
「あんたが?」
「どこでも、そうされてるよ」

「ここではそうされないんだ。俺の場合はね」
「じゃあ、僕があんたのかわりにやるよ」
その男は怒鳴る。「立派なもんじゃないか!事務所勤めの人間が男の仕事をいったいどこで習ったというんだ?」
「あんたの吹管使わせてくれよ」

「気をつけろよ、小僧。お前のかわいいピンク色の爪先が焼けちまうぜ」
ロークは男の手袋とゴーグルを身につけ、溶接用のアセチレン吹管を手にとり、針のまん中めがけて、細い青い炎を噴出させる。男は、ロークを見つめながら立っている。

ロークの腕は安定している。ピンと張ったシューシューと音を立てる皮ひものような細い意図筋の炎を、しっかりと固定させている。その炎の激しさのために、ほんのわずかに揺れたこともあったが、炎はまっすぐに目標をはずしていない。

ロークの体の気楽な姿勢は、微塵も緊張や努力を感じさせない。ただ、彼の腕だけに神経の集中が感じられる。金属の梁をゆっくりと溶かしていく青い緊張したものは、吹管の炎から出るのではなくて、それを持っているロークの腕から出ているように見える。

作業が終わった。ロークは吹管を置いて立ち上がる。
「すごいぞ!」と技師が言う。「お前、吹管の使い方知っているな?」
「そう見えるだろう?」ロークは、手袋とゴーグルをはずして、男に返す。

***中略***
次のとき、ロークが工事現場に姿をあらわすと、あの青い瞳の電気技師がはるか高いところから、ロークに大きく腕の振って、呼びかけてきた。
訊ねる必要もないのに仕事の助言を求めてきたりしてきた。彼はマイクといって、何日もの間ロークにあえなくて残念だったと言った。
次に、ロークが工事現場に行ったときは、勤務の交代時間だったので、マイクはロークが検査を終えるのを外で待っていた。
「1杯びーるでもどうだ?赤毛さんよ」
と、マイクが誘ってきた。「いいね、ありがとう」と、ロークが答える。

引用終わり

「水源」173ページ下段 より引用開始

キャメロンは、事務所に入り口の写真を取り上げる。
「ハワード、これを見ろ」とキャメロンは言う。彼は、2人の間にその写真を掲げる。

「これはあまり多くを語ってないだろう。単に『ハワード・ローク、建築家』だけだ。しかし、これは、城の入り口に彫り付けらたりするような、人がそのために死ねるような、そんな生きる指針となるような重要な言葉に似ている。これは、闇雲に大きく実に暗澹とした何かに対峙した挑戦だ。

この世の苦痛という苦痛が・・・ところで、お前はこの地上にどれだけの苦しみがあるかわかっているのか?ともかく苦痛という苦痛が、お前がこれから直面するであろうことから生まれてくる。それがどういうものになるかは、俺にはわからない。なぜ、そんな苦しみがお前めがけてはなたれなくればならないのか、俺にはわからない。ただ、そういうことが起きるということは、俺にはわかる。

お前がこれらの言葉を最後まで信じ実行できるならば、お前の勝ちだ。ハワード、その勝利は単にお前だけの勝利ではないぞ。
お前が勝てば、勝利を獲得すべきだったのに、世界を動かしたのに・・・しかし、決して世間から認められることがなかった何かが勝ったことになるのだ。お前が勝てば、過去打ちのめされて滅びて行った人々、お前がこれから苦しむであろうように、かつて苦しみ泣いた人々の仇を討つことになるのだ。

神がお前を祝福してくださいますように・・・神がどんな存在か俺は知らん。しかし、人間の心の中の最上なるもの、この世のあらゆる限り気打開心を見るには、神だけがふさわしいだろうからな。ハワード、お前は地獄への道を歩いているのだ」

引用終わり

「水源」172ページ上段 より引用開始

ロークが、事務所開設の知らせを最初に話したのは、ヘンリー・キャメロンだった。ヘラーとの契約に署名した日の翌日に、ロークは、キャメロンがいるニュージャージーに出かけていった。その日は雨が降っていた。キャメロンは庭にいた。

ぬかるんだ小道をゆっくりと足をひきずりながら歩き、杖にぐったりともたれた。さきの冬には、一日に数時間は歩けるぐらいにはキャメロンは回復していた。
体を曲げながら、苦労しながらキャメロンは歩いている。足の下に地面に顔を出している緑の最初の息吹を、キャメロンは見つめている。

ときたま、キャメロンは杖を持ち上げて、一瞬の間でも、しっかり立とうと両足を突っ張る。杖の先で、彼は折り重なって杯のような肩に担っている草に触れてみる。
その草が、夕暮れの光の中で、きらきら光る露をこぼすのをじっと見つめていた。
ロークが岡を登ってくるのを目にして、キャメロンは眉をしかめた。つい1週間前にロークとは会ったばかりだ。

このような間もおかずの訪問は、どちらにとっても行き過ぎであり、こういう機会がひんぱんにあるのは、どちらも好まないことだ。
「はて?」キャメロンはぶっきらぼうに訊ねる。「また何の用だ?」
「お知らせしたことがあります」
「俺は待てるがね」
「僕はそうは思えないです」
「さて?」
「僕は自分の事務所を開きます。最初の建築の契約に署名したばかりです」

引用終わり