「水源」237ページ下段 より引用開始

3日目の晩、キャメロンは枕を背もたれにして、いつものように話していた。しかし、言葉はゆっくりとしか出てこなかったし、頭を動かすこともなかった。ロークは、キャメロンの言葉にじっと耳を傾ける。

キャメロンの話が途切れる恐ろしい間に、何が進行しているか自分でわかっていることを、キャメロンに見せないように神経を集中する。

キャメロンの言葉は、いとも自然に聞こえる。しかし、その自然な言葉を発するのに、どれだけの力をふりしぼっているかは、キャメロンが最後まで隠したいことなのだ。

***中略***

それからキャメロンは長い間、何も言わなかった。再び、目を開いたとき、キャメロンは、微笑んだ。そして、こう言った。
「俺はわかっている・・・お前の事務所が、今どうなっているか・・・」

ロークは一度も、その件についてはキャメロンに話したことがなかった。「いいんだ・・・否定するな・・・何も言うな・・・わかっている・・・しかし・・・それでいい・・・恐れるなよよ・・・俺がお前をクビにしようとした日のことを覚えているか?・・・あの時、俺はお前に言ったことは忘れろ・・・あれで話は全部だったわけではない・・・これは・・・恐れるな・・・それは戦うだけの価値はあった・・・」

キャメロンの声が途絶えた。もう彼は声を発することができない。しかし、ものを見る機能だけは、まだしっかりとしている。キャメロンは静かに横たわり、ロークを見つめている。苦しむことなく、ロークを見つめている。
一時間後、彼は死んだ。


引用終わり

「水源」236ページ下段 より引用開始

ヘンリー・キャメロンの症状がぶり返した。医者は、キャメロンの妹に、回復はもう望めないと断言した。妹の方は信じられなかった。彼女は希望が芽生えてきたのを感じていた。
ベッドに依然として横たわっているとはいえ、兄は平静で、ほとんど幸福でさえあるように見えていたのだから。幸福とは、彼女が兄に関して連想するのがまったく不可能な言葉であったのだから。

しかし、ある晩、兄が突然に「ロークを呼んでくれ。ここに来るように頼んでくれ」
と言ったとき妹は戦慄した。引退して以来この3年間、この兄は決してロークを呼ぶことはなかった。これまでは、単にロークがやってくるのを待つだけだったのだ。

1時間もしないうちに、ロークがやって来た。キャメロンのベッドの側に座った。
キャメロンはいつものようにロークに話しかける。この特別な招聘について、キャメロンは何も語らない。何も釈明しない。

暖かい夜だ。キャメロンの寝室の窓は、暗い庭に開け放たれている。話している文と文の間が空くと、外の庭の木々のしんとした気配や、夜も深まった時間帯にすべてが動きを止めているような静寂にキャメロンは気がついた。

だから、妹を呼んでこう言った。「居間に寝椅子を用意してくれないか。ハワードは、ここに泊まるから」と。ロークはキャメロンを見て理解した。ロークは同意の代わりに頭を傾ける。ロークは、キャメロンのまなざしと同じくらいに峻厳なまなざしを返すことによって、キャメロンが、自分に伝えたいことを受けとめ、認めたのである。

3日間、ロークはその家にいた。そこにロークはとまっていることに関し
ては、何ひとつ言及されることはなかった。どれくらい長く泊まることになるかも、口に出されることはなかった。ロークがその家にいるということは、何の言葉も必要でない自然な事実として受け入れられていた。

キャメロンの妹も理解していた。何も言ってはいけないということも、彼女にはわかっていた。彼女は、黙って家事をしていた。諦念という運命を従順なる勇気を持って、黙々と家事をこなしていた。


引用終わり

「水源」234ページ上段 より引用開始

春が近づくにつれて、もう金が続かないことをロークは知った。毎月の初めに、ロークは速やかに、事務所の賃貸料は支払っていた。彼は、これから先、1ヶ月もあるのだという気持ちを味わいたかった。

その間は、彼はまだこの事務所を所有できるのだ。毎朝、ロークは静かに事務所に入る。そして、夕暮れになり暗くなり始めると、自分が、カレンダーに目をやるのが苦痛になっていることに気づく。1ヶ月のうちの1日がまたすぎてしまったとわかっているからだ。

そうとわかると、彼は強いて自分にカレンダーを見るようにさせる。自分が今行っているのはひとつのレースなのだ。事務所の賃貸料と何かのレースだ。ロークには、その何か、賃貸料の競争相手の名がわからない。多分、それは、彼が街ですれちがう人々なのだ。世間というものなのだ。


引用終わり