「水源」234ページ上段 より引用開始

ロークは、待ちながら事務所の机についていた。朝に電話が一度鳴ったが、それは会いたいと言ってきたピーター・キーティングからのものだった。ロークは、実はすっかりキーティングののことは忘れてしまっていた。
彼は電話を待っている。ここ数週間ずっと、電話を心待ちしている。マンハッタン銀行ビルに提出した設計図に関して、いつでも結果を聞く用意ができている。

この事務所の賃貸料の支払い期日はとっくに過ぎていた。自分が住んでいるアパートの家賃の支払期日も過ぎて久しい。アパート代については気にしていなかった。
待ってくれと家主に頼めばいいだけのことだ。家主が待つのをやめたとしても、それはたいしたことではなかったろう。sいかし、事務所ノに関しては問題だった。

賃貸料は待ってくれるようにビルの管理人には伝えてある。支払期限の延長について依頼したわけではなかった。単にあっさりと淡々と言っただけだ。家賃の支払いは遅れると。知らせたのはそれだけだと。

管理人からの施しを自分は必要としたということ、その施しに大いに自分が頼ったということを自覚することは、彼の心の中では、その行為を物乞いであるように響かせた。それはひどい苦痛だった。そうだ、それはひどい苦痛だ、とロークは思う。しかし、だから、どうしたというのだ?それがどうしたというのか?

引用終わり

「水源」251ページ上段 より引用開始

翌日から、そんな時間はキーティングにはなくなってしまったから、彼は、コスモ=ストロニック社のコンテストに優勝した。
ピーター・キーティングは、それが勝利だと知っていても、勝利のトランペットがなるのを夢見ていたが、それが交響楽的に炸裂する音は予想していなかった。
それは、コンテストの優勝者を告げる1台の電話の鳴る音から始まった。次に事務所の電話という電話が鳴り出した。ひっきりなしに次から次へとなった。

***中略***

フランコンが期待した以上に、話は面白くなった。新聞のあちこちの頁から、ピーター・キーティングの顔がアメリカ中の人々を見上げる。ハンサムで健康で輝く瞳と黒い巻き毛に彩られた笑顔だ。

新聞の見出しは、キーティングが優勝して報われるまでに経験してきた、貧困や苦労や憧れや、絶え間のない努力を書き立てる。すべてを息子の成功のために犠牲にしてきた母の息子への信頼を書き立てる。この「建築会のシンデレラ」について書き立てる。

引用終わり

「水源」250ページ上段 より引用開始


ハイヤーの死後数日が過ぎてから、フランコンはキーティングを呼んだ。
「座りたまえ、ピーター」と、彼はいつもよりもさらに陽気な笑顔で彼を迎えた。
「さて君にいいニュースがある。今朝、ルシアスの遺書が公開されてね。君も知ってのとおり、彼には係累がいないだろう。

まあ、しかし、今となってはみれば、時には、いいことも彼はしたような気がするな。彼は君に全財産を残したんだよ・・・ものすごいことだろう、ええ?だから、君は出資金については心配することはないわけだ、我々が共同でここを・・・どうした、ピーター?ピーター、どうかしたのか、気分でも悪いのか?」

キーティングの顔は、フランコンの机の端に突っ伏してしまっている。彼はフランコンに自分の顔を見せられなかったのだ。気分が悪くなりかけていた。吐き気がしている。恐怖を感じながら、キーティングは、あの晩ハイヤーがどんな思いでいたことかと考えざるえなかった・・・

遺書は5年前に作成されたものだった。おそらく、事務所ではイヤーに思いやりというものを見せた唯一の人間に対して、愛情が意味もなくほとばしったのかもしれない。どちらにしても、その遺書は作成されたものの、ハイヤー自身にも忘れられてしまっていたのだ。

遺産額は、20万ドルに及び、それに事務所がある利益のうちハイヤーの取り分と、古磁器のコレクションが加わった。


引用終わり