こんばんは!

 

突然ですが今回は、ほぼリアルタイムの私の脳内を垂れ流したいと思います。

 

 

イエローハート

 

 

今日は長女の部活の大会があり、やっと保護者の観戦が解禁されたので初めて観に行ってきました。

 

 

1年間で試合ができるまでに成長していてすごいおねがい

色んな技を駆使していて、コートの中を素早く動き回っていて、カッコよかったキラキラ

 

 

と感動した反面、初戦で負けた長女を見て私の心が必要以上にざわついたことに、自分自身に何か引っかかる原因がありそうだぞ・・・と思ってノートに書きだしました。

 

 

・「負けてかわいそう」とざわざわした気持ちになった

・朝送り出すときから「負けませんように」「勝って自信をつけてほしい」と胃がキリキリするような気持ちになっていた

・今回に限らず、長女に対しては何かにつけて「失敗しないように」「傷付かないように」という気持ちが浮かんでしまう

 

 

ノートを書いてみて、私は長女に対して、

 

 

・自分に自信がないと思っている

・努力したのに失敗したりうまくいかないことがあると、もっと自信をなくしてしまうのではないか?

・自信をなくしたら、色んなことへの意欲が下がってしまうのではないか?

・成功体験を積んで、自信を持ってほしい

・傷ついてほしくないから、ついフォローの気持ちで、結果に対する親目線の「これが得られたね」という見解を押し付けてしまう。

 

 

つまり「かわいそうだから、私がなんとかしなきゃ」

 

と思って、いつも心配していることに気が付きましたネガティブ

 

 

心配=信頼していない  なのに!!!

 

わーーー!!

気を付けていたのに、またまた心配してしまっていました!!!

 

 

あいさんのこちらの記事にもありますが、

 

 

(以下、あいさんのブログより引用)

拗らせを卒業するためには

 

自分と向き合い「勝手なルールや思い込みのクセ」を見つけて手放していくわけですが

 

私が 自分と向き合ってはじめて

 

大きな核 を見つけたのが2015年。

 

「かわいそう」という感情を他人に持ちやすいクセ が初めての大きな気づきでした。

(引用終わり)

 

 

ついつい「かわいそう」という感情を持ってしまうのが、私のこじらせの核なのかもしれません。

 

 

正気に戻った私は(笑)、こじらせ抜きで捉えたらどうか?ノートに書きだしました。

 

・娘は私が心配しなくても幸せ。もし今、自分に自信がなくても、それは必要な通り道だし、娘の人生はうまくいっている途中!

・そもそも、「自信がない」テイで言ってくる愚痴やネガティブな発言は思春期あるあるで、脳内の本音は全然違うかもしれない。

・大会に出られたこと自体がすごくて、負けて得た経験値がたくさんあるはず。娘が活かしたいと思えば今後に活かすだろう。

 

 

心配する必要なしハート

モヤモヤが消えました!

 

 

 

 

夕方帰ってきた長女は、

 

尊敬する先輩が、白熱した試合の末に入賞して次の大会に進出できたのが、人生で3位以内に入る感動だった!!

 

と大興奮していましたおねがい

 

 

自分の試合について、帰宅直後は「忘れた」とふてくされていましたが(笑)

色々言いたくなる気持ちを抑えてスルー!

 

 

夜になって、ラケットを振りながら、先輩たちの強さの秘訣をたくさん解説しつつ、自分たちに足りないものが何か、という分析も教えてくれました。

 

技術はもちろん、追い込まれても焦りを見せない姿や、相方とアイコンタクトしている姿から、「冷静と信頼」を感じてカッコよかったと。

 

もうすぐ先輩は引退してしまうから、いつも今日の試合を思い出す!!

と言っていました✨

 

負けたから自信を無くしてなげやりになる・・・なんてことはなく、目をキラキラさせて話す姿を見て、

 

やっぱり心配する必要なしだった泣くうさぎ

私が心配したいだけだった。。。

と痛感しました。

 

 

勝手な妄想で心配するのはやめる!「かわいそう」を手放す!

信頼する!!!