前回のこのブログに書いた内容も
このブログの中ではいつものように濃い目の
話だったかもしれません・・。
ひとりひとりの経験は人ぞれぞれ
いろんな事を思ったり感じたりしています。
そして辛いことや嫌なことを
思い出したくないと しまったままで
出さないようにしている人と
顕在意識的に忘れてしまっている人もあります。
私も昔の記憶がかなり曖昧のまま
長い間過ごしていたように思います。
特にしんどい時期の記憶は
心のグサッときた
印象の強かったことは 覚えていますが
その前後を忘れていたりと
どこまで覚えていて
どこから忘れているなんてわかりません。
それが ここのところ
しまっていた心の思い出の箱の蓋が
ゆるんだようで いろいろ思い出せるように
なりました。
それも 辛くもならないししんどくもならない
そして悲しくも虚しくもならない・・・
ただ・・こんなこともあったよなって感じです。
そんな捉え方ができるようになると
その古くなった心の思い出の箱の中の整理ができて
そこにこれまで置いたままにしていた
過去の整理がついたら
スッと心も軽くなっています。
私の今のブログは 前に書いていた
私の生い立ちを書いていた頃のブログと違って
みてもらった後に
問題提起になるようにはと思っていますが
ネガティブなエネルギーで
重荷をかけるという状態には
ならないようにしています。
あーこのブログはしんどいやつや!と
スッと知らん顔をしてしまう人もいらっしゃると
思います。
昔のしんどい頃からの気持ちを立て直す際に
とにかくポジティブに前向きに
明るくをモットーにしていた時期があり
暗い部分 見たくない部分を
そのままにして
母親のことなどは ちょっと笑い話に変えて
エピソードトーク調に聞いて
もらったりとかで 自分自身の心の持ち方を
できるだけいい方にと
考えて過ごしていた時期がありました。
その頃はその頃で楽しく過ごしていて
学生時代も母親の管轄下の元の
高校ぐらいまではいてもいなくても
気付かれない感じの時代もありましたが
短大以降の吹っ切れたような
積極的な行動で 人間関係も多く増え
それで何年か過ごしてからの
結婚した頃は
披露宴と二次会 合わせて200名近くの
8割は私の知り合いというほどの
勢いがありました。
あの頃の私をクールに分析すれば
八方美人の塊のような人だったと思います。
あの勢いで楽しく過ごせていたら
ある意味幸せだったのかもしれませんが
そんな日々でも 母親は笑いながら
私をけなし できるわけない ボケ
お前を育てた金を出せ
お前は最後は一人になる・・という呪文のような
言葉を相手にせず聞き流しながらすごしていましたが
心の奥のつらい気持ちが時々
溢れ出て 肩こり頭痛吐き気めまい貧血などで
苦しむ日が必ずといっていいほどありました。
結局 自分ではなく周りの人のしたことの
巻き込まれのような影響で
私にその重荷がかかってきて
その重荷を使命のように がんばって明るく
乗り越えるものだから
やっぱりそんなことが続き
結局疲れ果てました・・。
ちょっと長くなったので
最後まとめると
やっぱり
苦しくて無理ならやめるではなく
できる範囲でいいから
なんで苦しいの?なぜ?
なぜ怒ってるの? など
いっぱい 自分に聞いて問うて
固まった重荷を揺り動かして
本当の気持ちに届くまでしていくと
とにかく 自然で心地良い!
