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あやか&白足袋天使猫ウバと仲間たち

平成の終わりに天使になった白足袋の黒猫ウバと作家目指しているママにゃこと肖佳(あやか)が一緒にお届けするブログです。
「おいらが大好きだった家族のこれからの日常や本のことなどジャンルいろいろ書いて行きますので今後もよろしくにゃん」

仲良くさせていただいているブロガーのうにさんからお届け物がありました。


来年のうちの子カレンダーとおまけの美味しい物やグッズ。

カレンダー、かわいく仕上げていただきました。

また月初めの投稿に紹介させていただきますね。


撮影の部屋にいつのまにか入ってきた検閲官オレオとアッシュは箱に夢中でした。怪しいものはないですよ〜。


うにさん、ありがとうございました。




さてここからは長くなります。

自分自身の記録的なものなので読み飛ばしてください。



先の週末は土砂降りの雨の中、取引先にお届けしたいものがあり、出かけていました。

年末の買い物もあったのでロコもお留守番。

雨だったから外へ出せないし。


実はその日は実家の母の祥月命日でもありました。

母のことを想うと、私は心配ばかりかけてきてあまり親孝行できなかった気がします。

特に母の晩年は、私自身乳癌と全身性エリテマトーデスという膠原病の闘病生活に入ってしまいました。


母は私の代わりに主人や娘のために度々電車を乗り継いで来てくれ、家事をしては私の病室をのぞいてくれたり、乳がんの手術の時は来られない主人の代わりに娘と病院で待機してくれていたり。

退院後自費出版でしたが、学生時代書いていた物語を形にした時もキャリーケースに本をいっぱい詰めて岐阜の同窓会に持って行って売ってくれたり。

その時は母自身すでに肺の癌に侵されていたのですけれど。

そんなこんなことの以前に私を産んで育ててくれたこと。

その恩返しもほとんどできないままでした。


母の最後の入院中、せめてもの思いでほぼ毎日母のもとに通いました。

その日、いつもは1人で電車を乗り継いで行っていましたが、たまたま休みだった娘と朝から母の見舞いに行っていました。

一晩母についていた実家の弟家族と交代して間もなくでした。


私は何もできずに看取るしかなかったです。

その母の歳まであと10年もないけれど。


この前、1年に1回の乳がん検診に行ってきました。毎年11月に行くことにしていましたが、予約が取れないほどで、12月も直近で9日しか空いていませんでした。


12月母の誕生日は数日前。

最後の誕生日会は11月の勤労感謝の日、主人以外の子ども家族全員集まってお祝いをしましたが、途中自室に帰って床についた母。

誕生日ケーキをみんなで母の寝室へ持って行った時、母が言った言葉。


病気をしても、痛みがあっても今が一番幸せだと。

どうかみんな姉弟今のように末長く仲良くしていって。

そして私には

あんたの体の悪い部分は私ができるだけ持って逝くから。


その言葉通り、マンモグラフィーもエコーも腫瘍マーカーも全て正常で転移再発の様子はないとのことです。

一緒に調べてもらった骨密度も同世代の人と比べて110%だそうです。と言っても年々減っているので現状保つようにと。


今でもそうやって母が守ってくれている、そう感じた12月の検診でした。


来月は半年ごとに受けているMRIです。

肝臓や膵臓、腎臓に腫瘤らしき影があるので観察中です。

今のところ悪性ではないとの診断ですのであまり心配していません。今度も多分絶対大丈夫。

持病があっても、こうやって観察してもらえるし。

持病があっても元気でいられる。

先のうにさんの言葉「持病息災」

ありがたいです。


お母さん、私は今幸せでいるよ。

だから安心していてね。



以下振り返りの関連記事です。

その時のことほぼリアルで書いていました。

ご興味あればのぞいてみてください。一部先代のしっぽ家族ウバの語りです。








ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました。


母のように何があっても今が幸せだだと受け入れられるような生き方をしていきたい。

今後の人生の目標です。