10月初めの更新です。すでに6日経ってしまいました(汗)
まずは友達うにさんに作っていただいたうちの子カレンダーから。
虹の橋にいる初代のクリスがかけているのは主人の眼鏡。悪戯半分にちょっとだけかけさせたそうですが、意外と似合っていた。ウバは洗濯機の上を陣取ってます。現役組ロコはドライブ中。オレオとアッシュは食器棚を占領中。
うにさんの所のうにーずカレンダーはハロウィン仕様。お空に引越し組も現役組もなかなかの気合い入ってます。
うにさん、いつもありがとうございます。
10月は世界的にはハロウィンなんだろな。
こちらは地域の秋祭りの準備が始まっています。
10月は神様方も出雲に行ってらっしゃる。縁結びの会議があるんだそうです。だから出雲以外の地方は神無月、出雲では神在月という説もありますが。お留守番の神様もおられるそうですよ。あくまでも説の一種ですけれど。また神無月には神の月とも言われていました。「無」が「ない」という意味のほか「〜の」という意味もあるのだとか。秋の実りをもたらしていただいた神様への感謝の印として秋のお祭りがあると聞いたこともあります。
さてそんな10月。
この月は私の両親の結婚記念日、亡き父の誕生日、祥月命日があります。
今日6日は両親の結婚記念日です。
京都府の田舎町の父と岐阜県の中心部の母。
父が岐阜の大学に行っていたこと。
母が結婚が嫌で、孤児院の先生になりたくて家を飛び出して、祖父の知り合いのお寺でしばらく家事手伝いをしていたのですが、そのお寺に父が下宿したために出会ったという2人。結婚が嫌だったはずなのにこの人と結婚したいと、父を連れて帰ってきて家族みんなを驚かせた母でした。
父は卒業後大阪の大学の研究室に就職が決まっていました。母と結婚してしばらくは父の実家から大阪までその頃は国鉄、今のJRで通っていたそう。
その頃は関西に慣れていなかった母、関西弁やいろんなしきたりも違っていたし、父の姉や弟たちもまだ家にいて、父は昼間いませんし、いろいろ苦労もしたと思います。
そんな中私が産まれ、家事と子育ても大変だったろうなあと。
私もいろいろやんちゃをしたらしいですし、その度に祖母が母を叱ったそうです。父は私が障子を破ると自分も破って障子を貼り直したりしたそうですが、母が1人泣いていたのをみかねて、通勤が大変だからと家を出ることにしたそうです。
そんな新婚時代両親が過ごした街。。。
父は上の弟が産まれた頃、大学の研究室を辞めましたが、実家に帰ることなく動物病院を開業しました。
でも私の中学生の頃祖父が他界するまで、毎年お盆とお正月帰っていた街です。時には春休みにも。
獣医師の父は1泊だけして母と大阪に帰って行きましたが、私と上の弟は5日ほど泊まったりして。近所の商店街の夜店に行ったり、近くの川で遊んだり、家から見える山へハイキングしたり。
歯科医だった祖父に虫歯を治してもらったことも。
祖父が他界して祖母を父が引き取り、父の実家は父の2番目の弟に当たる叔父の家になり、それ以来帰ることもなくなりました。
結婚後主人と一度何かの折に父の実家の前を通ったことがありますが、いきなり行ってもと声もかけずに通っただけ。
それが最後になりました。
昨年その家の主の叔父も他界。
多分もう2度とあの家の敷居も跨ぐことがないだろうなと思います。
でも私には幼い思い出の詰まった所。街の様子も見てみたい。
ふと思いまして、父の実家が今どうなっているのかちょっと気になってGoogleのストリートビューでお出かけしてみました。
我が家にいながらこれができるとは、便利な時代になりました。
街並みは家も増え、あの夜店を楽しんだ商店街は無くなっていました。
あそこのあれが美味しかったよなあとか思い出したりしましたが、そのお店も無くなっていました。
昔行った公園や河原、面影は残っていたけれど少しずつ違っていて、時の流れも感じました。
でも父の実家はそのままの姿で。
近くの家はほとんど新しくなっていましたが。
変わったのは祖父の歯科医院の看板がないだけ。診察室などが無くなって内装は変わったとも聞いていましたが外観はそのままでした。
叔父とはいろいろありましたが、ここを守ってくれていたんだろうなと。今は感謝しています。
ちょっとしたバーチャルでの旅。
懐かしさで胸がいっぱいになりました。
いつか本当に行ける時が来るのかどうかはわかりません。多分もう行く機会もないでしょう。
もうすぐ秋祭りも始まります。
昔体育の日だった父の誕生日がここのお祭りの日でした。
父と母が出会ったことで私や弟たち3人姉弟は生を受け、そしてそれぞれの家族の今があります。
ひとりひとり、その人生での出会いもあり、繋がりも生まれた。ひとつひとつ偶然ではない何かがあるんですね。
そのことも神様に感謝したい10月です。
初節句の頃。父の実家にて。


