色覚を意識して生きる インタビュー⑥(同級生編) | 週刊!あやし眼科

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こんにちは。院長の伊勢屋です。

連載7回目となる色覚異常のある大人のインタビュー

今回インタビューさせて頂いたのは、私の中学の同級生、髙橋克広さん。1972年生まれの50歳です。サッカー部のスター選手だったこともあり、強く記憶に残る同級生でした。



今回行った、色覚検査の結果ですがD型弱度(2型弱度)の色覚異常という検査結果でした。

髙橋さんが色覚異常かも知れないと初めて思ったのは、小学校高学年の頃、絵の具を使って絵を書いた時だそうです。個性的な色づかいだと言われたことなどから「他の人とちょっと色の見え方が違うのかなぁ」と思ったそうです。

そして中学3年の時に初めて学校で色覚検査を受けたそうですが、ほとんど見えずショックを受けます。石巻工業高校への進学を希望していましたが、担任の先生には工業高校では唯一進学できると言われて土木科に進路を決めたそうです。石巻工業高校への進学はサッカー部が強いという理由が大きかったので、土木科でもいいか。という受け止め方だったとのこと。

サッカー部では相手チームとのユニフォームの色が区別つきにくいことがあり、相手にパスをしてしまうことがあったとのことです。でもチームメイトには弱みを見せたくなくて自分が色弱だと言うことができなかったと。

そのまま大学も土木系の学科に進学し、土木系の仕事についたそうです。
今の仕事では、草の上にスプレーでマーキングすることあるそうですが、スプレーが赤や黄色だと見えにくいとのことで使わないようにしてもらっているとのことです。そのために「自分は色弱だから」ってことは言っているとのことです。

髙橋さん、貴重なお話をいろいろ聞かせて頂きありがとうございました。私の中では中学3年の時に色覚検査をしたという記憶はありませんでした。でもやっていたんですね。

最後に、毎回書いていますが私としては、先天色覚『異常』と、異常という言葉を使うのは、配慮の足りない医学用語であると感じます。
以前は、軽度の色覚異常を「色弱」、強度の色覚異常を「色盲」と表現していました。色盲であっても、色が全く分からないということではありません。そのような誤解もあり、『色覚異常』と変わりました。
現在も色覚異常のある方は、軽度、強度に関わらず自分のことを「色弱」と表現することもあります。私も状態を説明する言葉としては「色弱」の方が良いと感じています。
しかし医学的には、色覚異常と表現していますので、混乱を避けるために『色覚異常』という表現を使わせて頂きますね。