閉ざされた門と、レールの上の安定
私は、いわゆる「就職氷河期世代(ロストジェネレーション)」の人間。新卒当時、本当に就きたかった職業は客室乗務員(CA)でしたが、当時の航空業界は採用枠が極端に少なく、希望の職種には応募することすら叶わない状況でした 。
初任給ですら男女で差があるという時代だったので、CAは女性でも経済力を持てるし、女性でも活躍の舞台があると考え、CAになりたいと思いました。
「この氷河期に掴んだ内定だ、ここにしがみつくしかない」 そう自分に言い聞かせ、ご縁のあった信託銀行に就職しました。銀行員としての7年間は、周囲から見れば「ホワイトカラーの安定した道」でしたが、心の奥底では、かつて抱いた夢を捨てきれずにいました 。
「諦めきれない想い」が呼び覚ました再挑戦
転機は、部署異動で英語を使う業務を任されたことでした 。当時、TOEIC400点台だった。英語は大嫌いで仕方がなかった。でも仕事で必要だから学ばなくてはいけない。
「なんで仕事のために嫌いな英語なんてやらなきゃいけないんだろう。そもそも本当にやりたい仕事じゃなくない?」と思った。
苦手な英語と向き合う中で、「私が本当にやりたかったことは、これじゃない。本当にやりたいことはCAだ、CAも英語のスキルが必要な仕事。だったら、本当にやりたいことを全うする中で、苦手な英語を克服したい」と思い、転職を決意。
このとき29歳。30歳を目前にしたとき、周囲からは猛反対されました。
「この時代に銀行より安定した場所なんてない」「今までのキャリアを捨てて、わざわざ厳しい世界にゼロからスタートしにいくのか」 。
しかし、一度きりの人生で後悔したくない。
挫折とイメージトレーニング
まずは自力で挑戦をしましたが、1度目の採用試験は不合格でした 。ショックでしばらくは立ち直れませんでしたが、独学の限界を感じた私は、スクールの門を叩きます 。
そこで恩師からかけられた言葉が「最終面接まで進んだとき、契約社員なんて楽勝って思ってませんでしたか?」と言われたことに衝撃を受けました。
「私の面接の態度に原因があったの?」
盲点でした。
そして続けて「あなたは必ずCAになれます!」と。この言葉が私の運命を変えました 。ここで、この方についていけば、変われる気がする。と、直感で感じ、入学を決意。
「なりたい・なれんるんだ!」という一心で、仕事終わりの平日も休日の週末もスクールに通い、猛勉強を開始しました 。
当時の私には、語学力も、CAに相応しい知識、立ち居振る舞いも足りていませんでした 。
航空業界に関する知識を深めるために、新聞の切り抜きをスクラップブックに貼ったり、採用情報を得るために情報収集をしたり・・・仕事の合間の中、努力を続けました。そして、自分を鼓舞するために、毎晩、ベットに入ってからは自分が制服を着て機内に立つ姿をイメージし続けました 。
ラストチャンスでの逆転劇
2度目の試験は、当時あった年齢制限により「最後で最大のチャンス」でした 。
「これでダメならCAになることをキッパリ諦める」と腹をくくり、最終試験に向かいました。試験当日、恩師には「旅のチケットをもらった気持ちで楽しんできます」とメールを送り、ここまできた自分を信じ切ることができていました。
そして、面接の終盤で、私は恩師に初日に言われた言葉を思い出しました。
「契約社員での採用だから、私なら楽勝と思ってない?」
採用もない年もある中、2回も面接の場に呼んでもらった感謝の気持ちが込み上げてきたのです。
最後に私から自然とこの言葉が出てきました。
「このような機会を2回も与えていただき、本当に感謝しています。」
スクールでの勉強を通じて、「また会いたいなとお客様に思ってもらえるような人物であるかどうか?」という接遇の仕方を私は身につけていたのです。面接官は、その視点で私を判断していた、だからこそ・・・
結果、29歳で念願の合格。
諦めの悪さが、不可能と思われた門をこじ開けたのです 。