それでも私は生きてきた~性的虐待、刑務所、母自殺を経て~

それでも私は生きてきた~性的虐待、刑務所、母自殺を経て~

性的虐待から刺青、覚せい剤、母の自殺、何度も死を考え生きてきた私の人生を嘘偽りなくブログに書かせて下さい。

実刑判決を言い渡されると、まもなくして全国の女子刑務所にそれぞれ移送される。  


大体の者は、逮捕された警察署から1番近い刑務所へ移送されることが多い。

または関東に住んでれば関東の栃木刑務所や福島刑務所、関西の方なら和歌山刑務所や笠松刑務所等。


刑務所に移送され、持ち物検査や体の検査をされ、

それぞれ既に決められている工場へ下りる。

この時に受刑生活中の自分の称呼番号を言い渡される。


工場というのはいわゆる仕事をする場所、そしてその工場ごとに女子寮のようなものがある。

そこで受刑生活を送ることになる。


どこの刑務所も大抵、初犯工場(刑務所が初めての者)、累犯工場(何度も刑務所へ来ている者)と分かれている。


初めて刑務所に行くと、経理工場と呼ばれるいわゆる自由に歩き回れることが多い工場に行きたいと皆んなが思っている。

経理工場へ行きたいと言っても行けるものではなく、処遇が決める。

みんなが経理工場へ行きたいと思うのは、仮釈放が多くもらえるからである。

まぁ一概には言えないが…



それぞれの工場に下りると本格的に受刑生活が始まる。

1つの居室に5人から8人が10畳もない部屋で、実に窮屈で息苦しく生活をするのである。

そのような居室が1つの工場に5つぐらいある。


朝は6時だったか6時半だったか忘れたが、チャイムが鳴る。

「飛び起きる」という言葉が生まれたのは刑務所なのではなかろうかと思うほど、まさにチャイムとともに布団が飛ぶような勢いで起床し、布団をたたんだり洗面をしたりとにかく時間がないため、穏やかな朝を迎えられる事は1度もない。

そして朝の点呼がある。この時に自分の称呼番号を言う。


食事ももちろん、受刑者が朝早く起きて作る。

それを「炊場」と呼ぶ。


食事中は話はしてはいけない。

おかずのやり取りや、例えばティッシュ1枚あげるだけでも、看守に見つかれば懲罰になってしまう。

誰かが本を開いていて、その本を覗き込む行為すら懲罰になってしまう。


誰かが困っていようとも手を貸してあげる事はできない。

優しさや思いやりの行動が刑務所では許されない。



朝食が終わると、居室の前の廊下に並び、まもなく工場(仕事)へ続く廊下を列をなして歩く。

この時も誰かと会話をしてはいけない。

 目を合わすだけでも注意をされてしまう。




制限だらけの場所で、人間扱いされてるとは到底思えない。

当然だわ、社会で法律が守れなかったのだから。


社会で上手に生きていくことができずに過ちを犯した不器用な女達が収容されている。



                 続く