綾小路有則のスピリチュアル・レポート

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沖縄の個展(4)の続きです。

 

 

個展は大盛況裏に終了し、2017年8月28日(月)、沖縄の神々と日本神道の神々へお礼を込めて、沖縄のスタッフと共に「久高島」を参拝いたしました。

 

 

この日は、沖縄入りして以来、もっとも美しいダブル・レインボーが出現しました!(*^^*)v

 

 

 

 

久高島とは、秋篠宮殿下や皇太子夫妻がお忍びで訪れた神秘の島です。

 

 

なぜ、お忍びで参拝されたのかといいますと、


一説によりますと、皇室には秘密文書が存在しており、危機に瀕した場合、久高島に訪れることが明記されているからだそうです。(日本最初の帝「神武天皇」は、沖縄出身という説もあります。)

 

 

 

参考:秋篠宮殿下や皇太子夫妻が隠れて訪れた久高島、古宇利島

 

 

 

久高島は、「アマミキヨ」という琉球神話における琉球島の創造神が降臨した場所で、その聖地が所在します。

 

 

琉球(現在の沖縄)の神話では、天帝(地球の最高神)が、女神アマミキヨ(アマミク)と男神 シネリキヨ のふたりに命じて沖縄本島を創造させました。

 

 

アマミキヨが天界から降りた立った場所は、久高島の北端の カベール岬 。

 

 

 

 

そして、アマミキヨは、沖縄本島に9つの聖地(出典「中山世鑑」)と7つの森(出典「聞得大君御規式の次第」)を作りました。

 

 

現在では、アマミキヨによって作られた聖地のうち7つが、琉球開闢七御嶽(リュウキュウ カイビャク ナナウタキ)として語り継がれ、琉球の信仰においてもっとも神聖な御嶽(うたき)(琉球の信仰における祭祀などを行う施設)として位置づけられています。

 

 

琉球王朝時代に琉球の最高の聖地とされた 斎場御嶽(セイファーウタキ)は、久高島に巡礼する国王が立ち寄った御嶽(ウタキ)です。

 

 

中でも久高島中央部にある フボー御嶽(フボーウタキ)は、琉球開闢神話にも登場する七御嶽(ナナウタキ)のひとつであり、草木一本取ることが許されない聖域で、島の神女が祭祀の時にのみ入れる聖地となっています。

 

 

ちなみに、アマミキヨの名の由来ですが、

 

 

アマミキヨとは アマミンチュー・アマンチューが転じたもの、すなわち奄美人(奄美の人)を指し、北から文化をもってきた渡来人という説があります。

 

 

また、アマミキヨではなく、アマミキョ(ヨの字が小さい)であった場合、


琉球方言 には、「力」をチキャラ、「烏賊」をイキャというように、イ段の母音は後に続く「カ」を「キャ」に変化させる口蓋音化(拗音化)がありますので、

 

 

「アマミキョ」とは、「天巫女(あまみこ)」、


つまり、天帝(地球の最高神)から使わされた巫女を表していたのかもしれません。

 

 

 

 

ちなみに、日本神話では、「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」や「天照大神(あまてらすおおみかみ)」のように、頭に「天」がつく神は、天孫降臨 した天津神(あまつがみ)、


つまり、宇宙から飛来した神格を持った宇宙人であるという説があります。

 

 

古事記や日本書紀には、「天鳥船(あまのとりぶね)」という存在が語られておりますが、それは宇宙船であるという説があるのです。

 

 

 

 

一方、「国之常立神(くにのとこたちのかみ)」のように頭に「国」がつく神は、国津神(くにつがみ)、

 

 

つまり、海没した ムー大陸から逃れてきた高度な文明人 であるという説があります。

 

 

ということで、

 

 

いよいよ久高島入りいたします!ヾ(^ω^*)

 

 

 

 

暑!(◎_◎;)

 

 

想像以上の猛暑でありんす。(;^_^A

 

 

 

 

噂には聞いていましたが、本当に 猫だらけの島 ですね!w(゚o゚)w

 

 

 

 

島を案内してくれる方がいらっしゃるまで、しばしニャンコたちと戯れてました。(笑)

 

 

 

 

上の写真は、食堂前でのひとときです。

 

 

お昼は、イラブー(海蛇)定食 にチャレンジしてみました。

 

感想はと言いますと、

 

 

なんつーか、

 

 

かつお節と合体した太っといキクラゲを食べてるみたいな感触でした。(笑)


店内を見渡してみると、秋篠宮殿下と紀子さまの写真が飾ってあります。


どうやらお二人がお忍びでいらっしゃったのは、この食堂のようです。
 

 

知らずに入ったので、ラッキーでした。(*^^*)v

 

 

ちなみに、島を案内してくださるのは、南城市観光協会認定ガイドの 内間 豊(うちま ゆたか)さんです。

 

 

内間さんは、秋篠宮殿下ご一行の久高島案内をされた方でした。

 

 

島内を自動車でゆっくり案内してくれました。

 

 

ちなみに、この日の島巡りは、車じゃないと無理だったと思います。

 

 

目的地に着くと、その都度、車を降りて説明してくださるのですが、汗が滝のように出まくりましたから。(;^_^A


しばらく進むと「石敢當(いしがんとう)」なるものに出会いました。

 

 

 

 

「石敢當(いしがんとう)」とは、魔よけの石碑や石標のことだそうです。

 

 

上記は、昭和の当て字の「石敢當(いしがんとう)」。

 

 

下記は、平成になってから当て字された「石敢當(いしがんとう)」になります。

 

 

 

 

どちらかに統一しようということで、現在審議中だとか。

 

 

ちなみに、元祖「石敢當」は、下記だそうです。

 

 


 

 

お地蔵さんのような姿をしていました。

 

 

 

 

そして、次に案内されたのは、島の二大祭祀場のひとつ「外間殿(フカマ)」

 

 

中には7つの神さまが祀られています。

 

 

七つの神さまとは、

 

 

・天頭神(天の神さまの総師)

 

・玉礼乃神(太陽の神さま)

 

・松乃美神(月の神さま)

 

・ニレー大主神(竜宮の神さま)

 

・アマミキヨ神(国造りの神さま)

 

・百畑地方照乃神(植物の神さま)

 

・梁万神(健康の神さま)

 

 

の七神です。

 

 

 

 

古代、島ではお布施は金銭で行われておらず、供物などを直接奉納していたとのこと。(内間さんの説明によると、この方が心がこもっているそうです。)

 

 

 

 

この奉納箱のことを「百甕(ムムハメー)」といいます。

 

 

「お金をいただくのではなく、

 

 たくさんの食べ物をいただき、いつも感謝する」

 

 

という意味だそうです。

 

 

ちなみに、最近沖縄の国際通りのど真ん中に「百甕(ももがーみ)」という居酒屋ができたとのこと。

 

 

「それって、不敬罪に当たらなのか?」

 

 

と、内間さんは危惧しておりました。(;^_^A

 

 

 

 

外間殿(フカマ)の中には、「太陽と華」と「太陽と鳳凰」を表す、2枚の「神扇(チャティオージ)」が飾られていました。

 

 

 

 

 

 

太陽と鳳凰の神扇は、絵画『太陽の王国2』を彷彿とさせます。

 

 

 

そして、次に案内されましたのは、「フボー御嶽(フボーウタキ)」

 

 

ある意味、ここが一番行きたかった場所です!

 

 

 

 

フボー御嶽は、琉球の 七大御嶽(ナナダイ ウタキ)のひとつで、先祖の魂が宿る、男子禁制の聖地です。

 

 

 

 

12年に一度行われる、久高島で生まれ育った三十歳以上の既婚女性が神女(神職者)となるための就任儀礼「イザイホー」のときのみ入れる神聖な場所です。

 

 

 

 

フボー御嶽には、人が作ったものは何ひとつとして存在しないそうです。

 

 

鳥居ですら、自然の力で作られていました。

 

 

 

 

フボー御嶽こそ、秋篠宮殿下や皇太子夫妻が、お忍びで参拝に来られた場所だそうですが、この時も、中に入れたのは、女性だけだったそうです。(参拝の功徳で、その後、ご出産することとなる。)

 

 

皇室には秘密文書が存在しており、危機に瀕した場合、久高島に訪れることが明記されているとありましたが、天皇家がわざわざお忍びで参拝するということは、


主観ではありますが、



天照大神(あまてらすおおみかみ)や 天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を超える、日本神道における大宇宙の創造主、

 

 

「ホツマツタエ」で紹介されている「天御祖神(あめのみおやのかみ)」を祀っている場所なのではないかと推測します。

 

 

そういえば、近年沖縄では、ムーの遺跡と思われる 海底遺跡 がたくさん発見されています。

 

 

 

ウィキペディア「与那国島海底地形」

 

 

You Tube「与那国島海底遺跡と巨人文明の謎」

 

 

You Tube「(HD)与那国島 海底遺跡でダイビング その1」

 

 

You Tube「(HD)与那国島 海底遺跡でダイビング その2」

 

 

You Tube「(HD)与那国島 海底遺跡でダイビング その3」
 

 

 

内間さんの説明によりますと、

 

 

「沖縄がムーの文明を受け継いでいるという説は知っている。

 

 その他に、ムガル帝国 から受け継いだ文明の痕跡も、

 

 近年学者によって発見されている」

 

 

とのことでした。

 

 

また、洪正幸 さんの霊査(推測?)によりますと、久高島に女神アマミキヨを降臨させた天帝という存在は、ムー帝国で崇拝されていた太陽神ではないかということでした。

 

 

ムーで崇拝されていた太陽神といえば、「ラ・ムー」のことです。

 

 

ムーについては諸説ありますが、1926年にジェームズ・チャーチワードが出版した『失われたムー大陸』で初めて詳しく紹介されました。
 
 
1868年、イギリス陸軍の援護活動に従事していたジェームズ・チャーチワードは、インドの古僧院の地下でムー大陸の伝道師ナアカルによってインドに運ばれた粘土板を発見しました。
 
 
ムー文明は、今から約1万7千年前「ラ・ムー」という王が国を統治していたとき、太陽信仰と太陽科学万能の最盛期を迎えていたと言われています。

 

 

 

 

 

余談ですが、フボー御嶽の入り口に立ったとき、2羽のツガイの蝶々が、私のまわりを旋回しました。

 

 

それは、何とも幻想的な光景でした。

 

 

 

 

フボー御嶽に見とれていた私は、蝶々を撮影することができませんした。(残念なことをしました。)

 

 

別の場所で、蝶々を撮影しましたので、そちらをアップいたします。

 

 

 

 

絵画『メタモルフォーゼ」シリーズを描いてから、美しい蝶々と遭遇する機会が増えていますが、

 

 

 

 

これも何らかの神仕組みが絡んでいるのかな?と思います。

 

 

 

参考・レポート「スピリチュアル高尾山ツアー」

 

 

 

今回で、レポートは最終回にしようと思ったのですが、

 

 

文字オーバー(容量オーバー)になってしまって、最後まで書けませんでした。(ToT) 

 

 

次回こそ、ほんとにほんとの最終回にします!(;^_^A

 

 

 

つづく

 

 

 

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