重なっていく音色 | ayanokakera

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2008年9月から2012年7月までの
amebaとexiciteのブログをまとめて保存しています。

つい先日。

小田和正さんが唄うこの曲を聴いた。


実はね。今までそんなに響いてなかったんだ、この曲の歌詞は。

それが小田さんの声で

あたしのどっかにあるカスタネットの音が鳴った。


タカタン。


フラメンコの時の鳴らし方。

小指から人差し指まで一気に叩く。



そんな感じでその「ひびき」に気付いた。





そして-in the field-のこの曲を観なおしたんだ。








そうだ。このアレンジがすごく好きで。



歌詞よりも何よりも


楽器の重なっていく過程がすごく好きで。




彼らのライブ映像の中で


イントロや間奏のアレンジが特に好きで

唄のないその部分だけを

何度も繰り返し観てしまう曲というのがいくつもあって


この曲はそのひとつなんだった。



「CANDY」も。

「PIANOMAN」も。

挙げてくときり無いけど。



それぞれの楽器の音色が重なり合っていくさまを

観てるというよりは 聴いているというよりは


もっと別の感覚で感じているような気がするんだ。



気がするってんじゃ無いね。

それは確信に近い。


自分のカラダからほんの数ミリ離れたところ。

ぼんのくぼって言うんだっけ?

第8チャクラの場所。あたまの付け根。



そのあたりなんだよねー。意味わかりにくいね。





でもね。

Mr.Childrenの音楽がたまらなく響いてきてるのは

間違いなくその感覚なんだ。


五感以外の何処か。






だからレコーディングのドキュメンタリーで

JENのドラム

naka-Kのベース

田原さんのギター

桜井さんのギターや鍵盤

小林さんの鍵盤


それぞれがバラバラのピースで音を探ってるような場面を

何度も何度も繰り返し観てしまう。



なんかね。あたしのものづくりって似てるのね。

何かを創る時にも図面とか書かないから。


目の前にいろんなパーツや素材を広げて

合わせては外してみて

カラダのどっかにあるあたしなりの答えみたいなのに

どうですか?どうでしょうね?って

視覚で観てるには違いないんだけど

ピンポン!って答えが鳴るのを聴こうとしてるような

言葉にしづらい感覚なんだけど。





そこを探っていく時の

あの苦しいような 嬉しいような 

胸のざわざわした感覚が

好きでたまらなくって病められなくて
            (↑あえてこの字で)



彼らの音色を追いかけてるんだろうなって

ものづくりをしたくなるんだろうなって



今これを書いてて思いました。

そしてそうやって生きてくってコトが

この歌詞の中で頷ける。

 
    
     勝利も敗北も無いまま

     孤独なレースは続いてく



     心のまま僕は行くのさ

     誰も知ることの無い明日へ





それでいいんだよ。


果ての無い暗闇の中でも

「普通」とか「当たり前」でなくても

手を伸ばして探していこう。




そんな風に

受け入れていくんだ、今を。









小田さんの唄が


そう思わせてくれた


数日前の夜でした。

















あー。もうこんな時間だ。

彼らの音を聴く時間や

ブログを書く時間が取れない日が続くと

こういうことを書きたくなってしまうんだよね。



立ち位置を確認する作業になってしまう。

でもそれが一番必要なことでもあるから

やっぱり今日もいろんなことを思いながら

彼らの音を聴くんだろうな。



おやすみなさい。