トワネットちゃんが王妃になってからの日記(後編)。
王妃になってから処刑さえれるまでの重たいお話をどう書いていくのかと思ったら、まったく変わった様子がなくギャル後やスラング満載。
前半は、夫に相手にされない鬱憤や取巻きの誘いに乗ってのギャンブルやおしゃれ、プチトリアノンでの豪遊、そしてスウェーデン貴族のフェルゼンとの恋バナが日記の中心で、相変わらず年単位で日記が飛ぶことも(笑)
そんなトワネットちゃんも母となり、「首飾り事件」「バスティーユ襲撃」「ヴァレンヌ逃亡」「8月10日事件」などの革命の波に徐々に飲み込まれるうちに、妻として母として王妃として成長していくのが伝わってきて、後半は涙を堪えながら読んでいました。
晩年のフェルゼンとの恋はもちろんなんですけど、ルイ16世との関係が恋ではなかったかもしれない、お互いがお互いを知るのに時間がかかったかれども、夫婦として家族としての絆を深められてよかったなと思いました。
ルイ16世が処刑される前日のラストワルツは、さすがに切なくって泣けた (/-\*)ウゥ…
タラレバになるけど、トワネットちゃんがもう少し思慮深い女性だったら、母親のマリア・テレジアの助言を受け止めていたら、たまたま14歳の天真爛漫な少女がフランスの王太子妃から王妃となり、革命の波に飲み込まれていなかったら断頭台の露として生涯を終えることも、悪女もしくは悲劇の王妃なんて呼ばれることはなかったのかなと思うとなんとなく切ない。
ただ革命が起きた背景の責任が全くなかったか、と言えばそうとは絶対に言えない。ギャンブルやドレスなどの浪費や「首飾り事件」の不注意は、彼女が引き起こしたことだから。
そして彼女が彼女だったからこそ歴史に残ったのであって、義弟のアルトワ伯やプロバンス伯に嫁いでいたら、歴史に残ることもなかったんだろうとも思うと複雑になってきます。
日記のマリアってトワネットちゃんの頭の中のものだったんですね。
マリアを連れて、最後まで天真爛漫に颯爽と駆け抜けていったトワネットちゃん、そんな彼女がやはり大好きです。
内容(「BOOK」データベースより)
え、あたしがフランス王妃とかwwwウケるってかんじなんですけどー。1774年5月10日、ルイ15世が崩御し、夫・ルイ16世が国王に。だが、アントワネットへの世間の風当たりは強まる一方だった。取り巻きたちとの夜遊び、膨大な服飾費、授からない子ども、根も葉もない噂。そして、本当の恋。だが革命が起こり、すべては終わる―。王妃の最期の言葉に、涙があふれるクライマックス!
新潮社 (2018/7/28)
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