今年のスギ花粉は花粉の飛散量が多いらしく、今年初めて花粉症デビューというパートさんも職場で何人かいます。


そんな中、パートさんの1人がスギ花粉は国が杉を間違ってたくさん植えすぎたからこうなった、だから国が責任を持つべき、花粉症の薬代は国が払うべきよ!と自説を述べました。


それを聞いていた他のパートさんが、確かに昔は杉林はこんなになかった、戦後に森の木をたくさん伐採して杉林にした、と父から聞いたと地元のことを話し始めました。


彼女の父は奥多摩出身で、多摩川の両脇にそびえる山々は昔はほとんどが広葉樹林だったと語っていたそうです。

戦後、木材を輸出して外貨を稼ごうとの国の方針により、奥多摩の多くの山肌は削られ杉林に姿を変えたとか。


それを聞いていた他のパートさんも、奥多摩は何度も行ったけど、あの立派な杉林は自然に生えたと思っていた、と語っていました。


まあ、そう思っている人は多いかもしれません(笑)


一説によれば昔の日本の森林のほとんどは広葉樹林で、戦後に多く伐採され30%近くが針葉樹林に姿を変えたそうです。


そう考えると、本来の自然界の姿を不自然に変えたことになり、その結果、花粉症というものが副作用として現れた、とも考えられます。


戦後まもない頃の政治家や官僚たちは、日本が工業国として復興するとは考えずに、林業で稼がなくては生きていけないと思ったのでしょうか?


今も昔もそうですが、日本の政治家や官僚は先見性がなく未来を見通す力がありません。

最近も危惧されていたにもかかわらず、ワクチン後遺症が問題になるなど政治は目先の出来事に感情的に反応するだけで、起こりうるリスクを予測しませんでした。


ただ人は過ちを犯す存在ではあるので致し方ない部分もあります。

間違ったなら謝罪し反省すべきでしょう。


しかし政治家や官僚が過ちを認め反省した、というのをほとんど聞いたことがありません。

どうやら、反省、という言葉を学校でも家庭でも教わらなかったようです。


話は戻りますが、パートの一人が花粉症はもう公害じゃないの?と言っていました。

自分も同意見です。


国策の過ちで国民を苦しめているならば、国が責任を取らなくてはなりません。


また針葉樹林は広葉樹林帯に比べて、生物が住む種類が少ないそうなので、生物多様性の観点からも国費を投入して、杉林を伐採して本の姿に戻してもらいたいものです。


イラストは最近描いた春のピクニックです。

そろそろマスクなしで桜を見ながらゆっくりとお昼ご飯を食べたいものです。