幼い頃の記憶。
小学校2年くらいだろうか。
3つ上の姉とピアノ教室に通っていた。
ある日、
姉がピアノの発表会に出ると聞き、
私も出たい、と駄々をこねた。
リビングでクッション投げるわソファ蹴り飛ばすわで
暴れまくったのを覚えている。
きっと母は困っただろう。
我が家は3人兄弟。
当時一番上の兄も中学にあがったばかりで
何かと物入りな時期
家計をなんとか切り詰めて、
やっとの想いで私たちに習い事をさせてくれていた。
発表会に出るということは、
その分月謝も上乗せされるんだろう。
それだけではない。
衣装を揃えたり、それなりの準備が必要だ。
母はきっと何かを犠牲にして費用を捻出してくれたんだろうと思う。
姉とお揃いの、かわいらしい丸襟のワンピースに、
ストラップのついたピカピカな靴も用意してくれた。
私はピアノが大好きだったわけじゃない。
ただ姉と同じ事をしたかっただけだった。
そしていざ発表会当日。
私の年の生徒は、ほとんど発表会に出ていなかった。
どんな演奏をしたのか、
全く覚えていない。
「親の心子知らず」とはまさにこの事で
もう何年かするとピアノへの執着は消え
部活動に専念するようになり
レッスンもサボるようになっていた。
しかし今になって、
ピアノの音色に癒される局面がある。
ピアノの音に救われる時間がある。
もちろん自分で弾くわけではないけれど
例えば映画の挿入歌
ドラマのワンシーンで流れる、なんでもないBGM
例えばそれが、
人には惨めに見えるようなシーンでも
私には、キラキラと輝く幸せに満ちた時間になる
なんてことがある。
それは私の感性がなすものであって
唯一無二だと思える。
こんな風に情緒がうまれるのは
幼少期に慣れ親しんだピアノの音色が聴こえるから
なんじゃないかって思う。
ずっと使われていなかったシナプスが
きっと脳内で、奥の奥のずっと奥深くで
久しぶりに接触して喜んでいるんだ
あの頃、ピアノを弾かせてくれて
感性を養える環境に置いてくれて
お母さん、ありがとう
あの時お母さんが無理してくれたおかげで
私は今こんなにも
心が温かく満たされる
幸せを感じることができるようになりました。
ふと、思い出したこと。
年が明けて間もない土曜の夜。
学生時代の友人2人と食事をした。
卒業以来、というこうことは約2年ぶりだ。
恵比寿のワインバーで
学生の頃のあたたかく懐かしい話や、
現在の急かしい日常や、
前途有望な彼らの将来を話した。
もちろん、当時の恋人の話も。
私たち3人ともが尊敬する、ゼミの先生から
友人の1人は私と同じことを言われていたらしい。
付き合う女(男)が悪い、と。
友人は、当時の彼女の、
いわば悪口を並べた。
君もそう思うだろう?と言う友人に
私は冗談でも同調しなかった。
当時の彼をけなされたくなかった。
今の私の人格形成に、彼は大きく影響しているし、
彼をけなすことが今の自分を否定するようでこわかったからだ。
「私はそんなことないなぁ。すごく楽しかったし。付き合えて良かったと思ってる。」
そう言い切れたことが
とても誇らしく思えた。
自分の過去を悪く言うこ とは
今の自分への言い訳だし、
人との出会いを
(しかも3年も付き合った彼との貴重な時間を!)
無駄なものだったとは 冗談でも言いたくない。
置かれている環境を愛で、
周囲の人間への感謝を。
それが自らの誇りになることを、信じて
人の芯の部分を刺激するのは、どんな時も人によるものだと思います。
この人の為に頑張りたい
受けた恩を返したい
成長した姿を見せたい
そんな風に、誰かの為にと思うとき
一番力がわくものです。
幸いにも、私の周りには尊敬すべき方が多く
最近はモチベーションが上がりまくっているところです
私も誰かにそんな風に思ってもらえたらいいな、
なんて思うのです。
プラスのオーラは伝染するし、
逆にマイナスのオーラも非常に伝染しやすい。
更に蔓延しやすい。
そんな雰囲気を払拭するには、
大きな大きなエネルギーが 必要です。
せっかくのこの良い空気を、
持続させること。
それが私の当為と思われるのです。
魅力的な人に出会いたければ、
自らを磨くことだ!
日々精進。。
