「朝夕の隔てあるようなれど、かくて見たてまつるはこころやすくこそあれ。」
(出典:『源氏物語』第25帖「蛍」)
 

 

光源氏が花散里に向けて放つセリフの中にある「こころやすく」。この言葉を構成する一音一音が、私たちの身体にどのような物理的体感と心理的イメージをもたらすのでしょうか。

そこには、共寝をしなくなった夫婦の哀切が、静かな余韻として含まれているような気がします。「こころやすく」という音をつぶやくときに、その体感を感じ取っていきましょう。


「こ」:内側に溜まる、おっとりとした緊張感
「こ」はカ行音。喉の奥をギュッと締めて、空気圧を溜め、一気に破裂させながら発音する音です。喉の奥の緊張感がありつつ、口腔内をスピーディーに滑り出る呼気を感じられます。口腔内を擦らずに一気に外に出る音なので、口の中はドライに乾燥した体感が得られます。

これに母音の「お」が組み合わさることで、外にスピーディーに出ようとする呼気が、完全に外に出切るのではなく、口腔内でくるっと丸い空間を作って、そこに落とし込まれるような感覚になります。外に出ていかずに、グッと下に落とし込まれる、大きな、おっとりとした、ゆったりとした体感が得られる音。それが「こ」の体感ですね。

これが二回続く「ここ」となることで、一回目の音を強調する働きが生まれます。形のない感情の波が生まれて、それが「こ」という音が形作る箱の中に落とし込まれるようなイメージです。

「ろ」:論理的で知的なパッケージ
「ここ」の後に続く「ろ」の音は、ラ行音。ここでも母音の「お」との組み合わせです。ラ行音の「ろ」を発声するときは、舌を上顎の前歯の後ろにちょんとつけて、それを軽く弾くようにして出す音です。とても技巧的な音で、論理的に、左脳的。
とても賢そうな体感のある音です。

「ここ」で生まれた感情の波に、しっかりとした論理的な思考の器にパッケージされるような、音の連なり。これが「こ・こ・ろ」ですね。

「や」:心の揺れと、柔らかな春の陽光
次に「やすく」と続きます。「や」というのは「い」と「あ」の二重母音。一拍の中に二つの母音が含まれていることによって、心の揺れを感じさせます。

「い」という一点に向かう真っ直ぐな呼気と、開放感があり、高さのある、力みのない音「あ」。それが一拍の中で「い・あ」、「や」と発音することによって、無意識レベルでは、音の揺れを感じさせます。

揺れつつも、真っ直ぐとした対象に向かった気持ちと、あっけらかんとした、ありのままを受け入れようとする力みのない音。その組み合わせが「や」という、柔らかな春の陽光のような、そういう体感が得られる音です。

「す」:爽やかな風と、内省的な静寂
次に「す」。サ行音です。「す」という音は、とても爽やかで、しっとりとした風を感じます。スピーディーで、狭い口腔内を擦りながら出る音なので、唾液がミスト状に拡散されるような、しっとりとした空気感があります。そのミスト状の呼気によって、口腔内が冷やされます。

その音に母音の「う」が組み合わさっていることによって、この音も完全に呼気が外に出るのではなく、内側にこもっていく内向的な音になります。風によってクールダウンしながら、しっとりとした音が、冷静さ、透明感、あとはちょっと透明な壁を感じさせるような距離感を感じさせます。また、そこにはすがすがしい空気感も感じさせ、朝の神社を散歩しているときのような、すがすがしい空気を感じさせる音、それが「す」の音です。

「く」:感情を自分の中に着地させる
最後、「く」という音。これはカ行音です。喉の奥をギュッと締めて、空気の圧を高めて一気に吐き出す音。ドライで、硬さもあり、緊張感もあります。形のないものに形を与えるような体感のある音です。

それに母音の「う」が組み合わさることによって、形のあるものを外に出さずに、内側に着地させるような音になります。

結び
「こころやすく」という音の並びは、感情が沸き起こって、その感情を「こういう気持ちで自分はいるんだ」という風に認識しつつ、その認識を、熱を冷静に客観的に見つめながら、優しく包み込むような空気感の中で、最後、自分の内側にクッと落とし込む、着地していく。そういう音の流れが「こころやすく」という言葉の中にあるリズムです。

「体感で読む源氏物語」。言葉の意味は分からなくても、発音したときの体感によって、どういうリズムが生まれるのか。その発生する時の音の物理的体感によって、どんなイメージが結ばれるのか。そういうものを体感していけたらいいなと思います。

今日はここまでです。また会いましょう。