昨夜、図書館に向かう時のこと。
家を出たとき、青空なのに雨が降る音がした。
しかも、ジャージャーと。

大粒の雨が滴るというよりは、
すぐ近くに滝が流れているような、圧倒的な音量。

手をかざしてみても、雨は落ちてこない。
音のもとをたどると、それは山の方から聞こえてくる。

じっと耳を凝らしていると、
それが木々から滴り落ちる、雪解けの音だと気づいた。
空は晴れているのに、森の中では大粒の雨が降っている。

かつて貫之が詠んだ「空に知られぬ雪」という歌の一節を思い出した。
あれは、桜の花びらが散る様子を
なぞらえた言葉だったか。


その音に耳を傾けながら、駐車場まで歩く。
足もとには、まだ溶けきれない雪。
一歩進むたびに、ジャリ、ジャリ、ジャリと硬い音が響く。

数センチほど残った雪の下では、
排水溝へしたたる水が、
ここでもまた違う音を立てていた。

ぴちょん、ぴちょん。

水琴窟ほど、金属めいた鋭さはない。
冬の底で丸みを帯びた、温かな調べ。
それもまた、良きかな。

少しでも長く自然を感じたくて、あえて一番遠い場所に車を停めた。
木々に覆われた階段を抜け、図書館へ向かう。

そこでも、雪解けの雨が大量に降り注いでいた。
空はあんなに青いのに、
森を抜けるころには、髪の毛がびしょ濡れになる。

氷混じりの大粒の水滴が地面に当たり、
薄いガラスが割れるような音を立てる。

惜しいことをした。
今さらながらに、私は後悔した。

もし傘を持ってきていたら、一体どんな音がしただろう。
映画『となりのトトロ』のバス停で、
大トトロが傘に雨を降らせて、その響きを楽しんでいたように。
私も、この雪解けの雨音をもっと深く味わいたかった。


今日は春分。


季節が変わるというのは、
気温が上がるとか、雪が解けるとか、
そうした分かりやすい変化だけではない。

太陽の力が、ほんの少し強まっていること。
それにともなって、心が少しだけウキウキと弾むこと。
目にする鳥の種類が、いつのまにか増えていること。

ベランダの梅の木は花の終わりを迎え、
桃の花は、つぼみをふくらませている。

今日は少し窓を開けていたら、
トウヨウミツバチが、ご機嫌な羽音を立てて近づいてきた。
啓蟄を待たずに、もう活動を始めたのだろうか。

今週末にはまた寒波が来るというから、
少しフライング気味だね、と笑う。

冬ならではの音から、春の音へ。
季節の移り変わりと共に、楽しみもまた形を変えてゆく。

ぼんやりしていては、もったいないな。
この一瞬の響きを、ひとつも逃さぬように。

明日も、とことこ。
新しい季節の音を、探しに行きましょう。