皆さんは「結晶物語」(著者:江本勝)という本をご存じでしょうか?
もしかしたら誰もがどこかで聞いたことがあるかもしれません。
水に「ありがとう」と語り続けるとその水はキレイな結晶を見せ、「ばかやろう」と語り続けると結晶すら見せてくれないという有名な実験が掲載されています。
この他に、炊いたばかりのご飯を3つの瓶に入れ、一つ目の瓶には「ありがとう」と書いて、二つ目の瓶には何も書かず、三つ目の瓶には「ばかやろう」と書いてそれぞれの腐敗の仕方を見る実験があります。
結果は、まず何も書かれてない瓶のが初めに腐敗し、次に「ばかやろう」の瓶、そして最後が「ありがとう」の瓶と書かれていたんですね。
(前に、「笑っていいとも」でさとう珠緒が「水に、『おいしくなあれ、おいしくなあれ、おいしくなあれ』って言うと本当においしくなるんですよ~」って言ってたアレと似てるかもしれませんw確か、これ長井秀和がエンタの神様でもネタにしてたような…)
ある宗教団体の信者に、この話をした際に、「それはデマだ、誤った情報で読者を惹きつける洗脳行為だ。」という返答を受けたことがあります。
まあ確かにね。自分で実験したわけじゃないから信じるに足りるものではありませんわねw
だから本気で実験する事にしました。
とはいえ、僕がこの実験を今すぐしようと思うに至った一番の動機は、このブログにも書いている、「人生の目的」が幸福ではない事を証明する材料として必要だったからです。
※「結晶物語」と「人生の目的」の繋がりは、また後ほど…。
で、実験道具を揃えた場所が、創価企業のダイソーという皮肉っぷりw
①まずはじめに、三つの同じ形の瓶に、それぞれ炊き立てのご飯1杯分を三等分し、蓋で密閉しました。
②そして油性の黒マジックを用い、ガラス面に直接、1つ目は「ありがとう」、2つ目は何も書かず、3つ目は「ばかやろう」と、誰でも読めるような一般的な字で記しました。
③その後、お互いのご飯が隣りあわせの「ありがとう」や「ばかやろう」に影響されないようにコピー用紙で仕切りを作り、放置してきました。
≪放置1か月後≫
「結晶物語」の本の中では1か月もすれば、「ばかやろう」の瓶は真っ黒に腐敗すると書かれていました。
しかし、家で実験中の瓶にはまだそれと言った変化はありませんでした。
≪放置2か月後≫
ついに変化が起きました。「ばかやろう」の瓶のご飯が変色を始めたのです。しかし、それは本当に微々たる変化です。醤油を1~2滴垂らしたくらいの変色でした。
≪放置3か月後≫
あれから徐々に「ばかやろう」の瓶のご飯が変色を進めてきました。
しかし不思議な事に、初めに腐敗するはずの何も書かれてない瓶に未だに変化がないのです。「ばかやろう」だけが変色しています。
≪放置6か月目≫
まさに今現在ですね。相変わらずなんです。
何という事でしょう。「ありがとう」の瓶と何も書かれていない瓶のご飯が、炊きたてのほぼあの時の白さを保ったまま、瓶の中にいるではありませんか。
「ばかやろう」も、他の二つに比べれば茶色みが強いのですが、「結晶物語」の本に掲載されている写真並みのどす黒さを感じないのです。
僕の部屋にはいったい何が棲みついているというのでしょうかw
ともあれ、「ありがとう」と「ばかやろう」の文字が書かれたそれぞれの瓶のご飯には変化が現れました。
これはすごい事です。ご飯、または水が、この我々人間の創り出した文字を認識し、理解しているのですから。
これを大きな意味で捉えると、結論として≪物質には意思がある≫という仮定が得られます。
当然ながら意思もないモノが、文字や言葉を理解できるはずがありません。
ともすれば、我々人間も100%の物質の集合体でありながら、意思を持って生きている存在です。これは確実性があり、間違いありません。
空気中の気体のそれぞれにも確実に意思はあるでしょう。
その空気を呼吸で取り入れる、あるいは気体(水蒸気)が液体(水)になり、これを沢山体に取り込んで生きている動植物を食すことで我々は生きています。
「結晶物語」で協力してくれた「お水」さんと「お米」さんも46億年以上の長い間地球に棲んできた物質の集合体ですから、何度も生命の中を通過しています。
人間の一人一人の人生の中での意思を記憶し、「ありがとう」や「ばかやろう」の意味を把握していなければ、こんな結果にはなりませんよね。
キリスト教などには創造論という概念があります。
創造論者にとって唯物論は、部品を撒いてそのまま奇跡的にジェット機を創り出してしまうほどの凄く低い確率の理論であるため、これを信じることが出来ません。
しかし、その部品(物質)一つ一つに意思があったとしたらどうでしょう。互いにコミュニケーションを取り合い、合体ロボットのようにほぼ100%の可能性でジェット機(今の世界)が創り上げられます。
これならば、神様を中心とした宗教は否定する事も出来ますから、彼を中心にした「人生の目的=幸福」理論は覆されます。
また一部、仏教も含めてこれを主体とした新興宗教には「魂」の概念が付属している教義もあります。これもまた不適切です。物質そのものには元々から意思は存在しているので、これにプラスして更に意思を持つパイロットが乗り込む必要はありません。
この世界は創造主として神様がいるとは考えられません。
しいて創造主をあげるならば、それは物質なんです。物質が支配者なんです。
創造主の有無は抜きとしても、しかしながら「ありがとう」って本当に素晴らしい事なんですね。今まで頑張って生きてきた自分の心と、ちゃんとついてきてくれた自分の体に、たまには「ありがとう」って感謝の言葉をかけてみてはいかがでしょうか。