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孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

また、コメダ珈琲店に来た。やはりここに来るのが楽しみだ。

何故か。

やはり周りに人がいる。それも同じ高齢の人が半分以上だ。

多分これは大きなことだろう。

 

若い人が多いと気が引けるし、落ち着かない。異質のものがいる感じか。

同じ高齢だと安心感がある。何も交流は無くても、何となく分かり合える気がする。

1人の人も結構いるし、女性が多い。ひょっとするといい女に出会えるかもしれない。

 

今でも俺のすぐ3メートル前で、俺と同じくらいの女性が3人話している。

彼女らは俺に対して横を見ており、わざわざこっちに顔を向けなければ俺を見ることはない。間には何もないので、俺は目をあげれば彼女らの横顔や姿が見える。

やはり女性がいると何か色気を感じる

 

それと、ここでこうしてブログを書くことも楽しい。

何故か。

やはりブログを書くときは、読んでくれる人を想定する。

このブログを読んでくれる人はほんの数人だが、やはり1人でもいることは俺にとって重要だし、俺の存在を認知してくれる他人を想定することが充実するのかもしれない。

 

ところで、何か話題を考えなければならないが、俺が話題にできることはテニスとカラオケと自己催眠によるトラウマの解消、そして俺の女のことだ。

 

テニスは、公務員を退職して8年半になるが、この間ずっと週5日くらいはやっており、腕は今でも進化しており、最近はスリンガーという球出し機を買って1人でも練習している。

テニスの集まりは、今は3グループに入ってやっており、最近入った若い人のグループ以外では、ダントツ一番だ。

市の一般の大会やシニアの県大会等にも出ており、一般の大会ではダブルスで3位が3回あり、シニアでは一位は何回もある。

 

そしてカラオケだが、これも退職前後から始めて、コロナの前まではずいぶんカラオケ喫茶に通った。

市内外含めて5.6箇所のカラオケ喫茶に出入りしていたが、これが俺の大事な場所だった。今の俺の女と引っ付いたのもカラオケ喫茶だ。

 

しかしコロナ以後、俺が一番通っていたカラオケ喫茶でクラスターが起き、俺も危なかったが、ことなきを得た。

これ以後俺はカラオケ喫茶に行くことをやめた。ワクチンも恐いので打っておらず、今はカラオケ喫茶も人が行くようになっているが、俺は行かない。

その代わりに、ここコメダ珈琲店に来ている。

 

前はカラオケ喫茶で軽い知り合いになって、そこで存在を認めてもらっていたが、今は承認欲求や集団所属欲求みたいなものも薄れ、それほど集団を欲しがらなくなり、今はカラオケ喫茶にそれほど行きたいとは思わない。

 

ただ、1人カラオケは以前からずっと続いており、週に2.3回くらいはやっており、歌もテニス同様いまだに進化を続けている。

歌の進化は肉体的なトラウマが溶けることで、腹とのど、頭が繋がり、その通路が太くなるので声が太く深くなり、音感もよくなるので、自分の声と思えないくらいいい声で、録音したのを夜寝る時に聞くのが、もう一つの楽しみだ。

 

ただこうして書いていると、いいことばかりみたいだが、そうとは限らない。

やはり夜の孤独感や不安感がある。

 

これについては、また次回に書くここにしたい。