孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて) -37ページ目

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

久しぶりにコメダにいる。

ほぼ一週間ぶりだ。

3日前にちょっと来たが、帰省者か、若い人がほとんどで普段と雰囲気が違うし、コロナが怖かったのでそそくさと帰った。

 

今日は久しぶりに少し落ち着いている。

実は、また急に寒くなって足の冷え痺れがひどくなり、精神的に落ち込んでいたのだ。

昨日ごろからまた暖かくなって来たので、冷え痺れも楽になり、精神的にも少し楽になって来た。

 

また、寝る時にコタツに深く入って、背中側を布団等で高くして、少し起きた状態で寝る姿勢がいいようで、これで夜間の腰痛と冷え等に対処でき、少し安心感ができた。

 

この間、彼女から電話で心配してもらい、また調子がいい時は来てもらった。

俺はいざという時は、彼女しかいないのだ。

そのくせ、普段は他の女を求めている。

彼女もそれでいいようなことを言ってくれているが、どうしたものか。

まあこういう関係もありか。

 

もう1つ、最近の俺の課題は、世間との関係のようだ。

これは俺の大きなトラウマだと思うが、世間、所属集団が欲しいというものだ。

 

これは今まで散々このブログでも書いてきた。

今までは集団に入っていって、その中でその集団から自由になるということをやってきたが、今回はその集団自体が無い時どうするかということだ。

 

足の冷え痺れが再発してから3週間あまり、テニスもほぼ休み、カラオケ喫茶に行きかけたところで、年末年始の各種休みや、足の冷えの再再発やらで家におらざるをえず、どこにも行くことができず、その間の落ち着きのなさから、これは足の冷えからだけでは無く、トラウマとあると思った。

 

俺は幼少期、両親の不和で争いが絶えず、父母ともに愛情の欠けた人間だったので愛を知らず、世間という地域の人達から愛をもらってきた。

 

しかし今は、子供の頃の学校やその後の職場もなく、よそ者の俺は地域ともほとんど関係が無く孤立無援で、そのためテニス等の集団で何とか保ってきたが、その集団からも一時的だが離れ、よるべが無くなり、家で落ち着きが無くなっていた。

 

そして今は、この世間に愛を求めるトラウマを解消して、この現実を受け止めることが肝要なのだ。

 

ただその中で、この状況を話し、聞いてくれる彼女の存在はありがたい。

彼女もおらずただ1人だったらと、想像するだけでぞっとする。

 

今回だいぶんトラウマが溶け、多少は家で落ち着いて、テレビを見たり、本を読んだりできるようになった気がする。