孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて) -105ページ目

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は朝早くから、Y男と1時間ほどテニスをした。

やはりY男との個人練習は、いい練習になる。

帰ってからギター練習をし、昼から久しぶりにシニアテニスに行った。

年上女性と元リーダーの年上男性と、言い合いをしてから約3週間ぶりだ。

この間、支配的な女性のトラウマが溶けて、女性の支配に負けない気持ちが出来たことと、年上男女のメンバーがいろいろ誘ってくれたので、行ってみるかという気持ちになったのだ。

俺は「対等だ」とか「超越する」とか「他人事だ」の言葉とイメージを保ちながら、彼らの中に普通に「おーす」と入っていき、彼らは普通に挨拶してくれた。

そして好意的な男女は個別に、来たねとか、久しぶりだね、とかいろいろ言ってきた。

俺は「家にいるのが退屈になった」とうそぶいて、笑い合った。

しかし俺は試合以外の時は、彼らとは離れた壁打ちの場所に行き、壁打ちしたり休んだりして、彼らとは離れていた。

ベンチコートの中で、試合の順番の時に、女性の顔色を伺う雰囲気が嫌なのだ。

俺は俺の順番の時に呼んでくれればいいし、呼ばれなかったらそれでいいと思っていたが、彼らはきちんと俺を呼んでくれた。

もう俺はコートが空いていても、自分からは出ないことにしたのだ。

こうして彼らと完全に距離をとってしまえば、何の支障もない。

試合は俺の圧勝と言える内容で、強い二人の男性がいるペアを一蹴した。

最後にケンカした年上女性とペアを組む羽目になり、俺は普通通りにやったが、面白くはなかった。

自分より格段に弱いペアの女性が、自分より格段に強い男性に、レベルの低い間違った指示をする姿には、やはりどこかおかしいとあきれるしかない。

帰りには強い男性2人から、また3人での飲み会の予定を言われ、俺は嬉しく同意した。

夜風呂でのトラウマ解消では、幼少期親戚の家に行くのを、近所のおばさん達に見張られ、とがめられていたことでの視線恐怖のトラウマが、まだ残っていることが分かったが、風呂の暑さのためか疲れていたのか、トラウマ解消はそれほど進まず、途中でやめた。