テニスの大会でのやりとりと、試合での緊張 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日はシニアの対外試合のため早朝から、隣市に行った。

俺は友好的な女性達6人と楽しく、大会の準備や片付けをした。

敵対的な3人の女性とは全く交流はなかった。

試合の方は、一試合目俺は全敗してもいい、俺のいつもの打ち方ができればいいと思いやっていたが、調子がつかめず惜しくも負けた。

しかしその後、打ち急ぎがあることに気がついた。

焦って球を引きつけず、前で早く打ってしまい、いつものタイミングや打点を失っているのだ。

二試合目には、俺はまた全敗してもいいと腹をくくり戦ったが、ようやく自分の打ち方をつかみ、簡単に勝った。

三試合目も、もう一勝したのだから負けてもいいと思い戦ったら、やはり簡単に勝った。

四試合目は相手が2人とも上手く、俺のペアはイマイチの人なので、どうせ負けるだろうと思って気楽に戦った。

そしたら最初の2ゲームをとり、色気が出たか、その後1ゲームしかとれず逆転負けした。

どうも俺は最初にゲームを取ると、勝ちを意識して堅くなり、その後崩れることが多いようだ。

全部終わってからひとの試合を、そばのベンチコートで5、6人見ていたが、俺は自由な気持ちになり、両方のペアのいいプレーを声を出して感心したり、冷やかしたりしながら応援をした。

そしたら、それまで黙って堅い雰囲気だったベンチコートの他の人も、声を出し始め、結構自由で友好的な雰囲気になってきた。

男子の試合が終わって、コートから離れた少し高くなっている本部に帰り、みんなで最後の女子の試合を高みの見物をしながら、終わるのを待っていた。

試合は結構長かったので俺は状況が知りたくなり、試合の合間に、試合をしている俺と友好的な女性の名前を、大きな声で呼んで今の状況を聞いたら、接戦の終盤あることが分かった。

そしたら、みんなの中にいた大会の会長でもあり、一番にぎやかで人望のある中心の男性が、「早く終わって欲しいからな」と冗談半分で言うので、俺はそれには笑って応えてから「いやいや状況が分からんと、見とっても面白くないからね」と応え、みんなも納得したようだった。

そして、その後からはみんなが試合を本気で注目して見出し、俺もたまに声を出したり拍手したりした。

最後に表彰式があったが、俺は4番で前の方だったので、名前が呼ばれると思い緊張がはしった。

俺は、俺の地域のメンバーの中では1番だったし、経験の浅く新参者の俺は注目されるだろうと緊張したのだ。

俺はこういう場面が一番苦手なのだ。

持ち上げられた時、恐縮しなければないと感じ、自分を失ってしまうのだ。

あるいは、友好的な周りの人の愛を失いたくなく、媚びているのかもしれない。

時間があったので俺は、平静で自分でいられる言葉とイメージを探った。

そしたら、「超越する」で強気の俺でいられるイメージをつみ、ようやく安心して発表を待っていたが、飛び賞で5番の人に持って行かれ何事もなかった。

まあ俺は、この注目されて賞賛されるのが大の苦手で、こういう場面を避けようとしてきたが、今になってようやく解消できたか。

夜風呂でトラウマ解消した。

初めは最近のいつものように、なかなかトラウマは溶けなかったが、今日の試合の状況を思い浮かべたら、「捨てる」「いらない」の言葉とイメージで、トラウマはどんどん溶けてきた。

試合で堅くなるのは子供の頃からのくせで、俺は卓球の試合では、かなり強かったのに、結果はほとんど出せず、悔しい思いをしてきた。

「評価されたい」「勝ちたい」と言う気持ちが強過ぎて、トラウマになったのだろう。

これもかなり解消しつつある。