俺の実家が破滅した原因 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中一人カラオケに行き、アイパッドで録音した。

実際本当に声が良くなっているか確かめたかったのだ。

しかし、さっき聴いてみたのだが、さほど良くなってない。

がっかりだ。

歌もそれほど良くない。

しかし、聴けないことはない、と言うくらいにはなっているから、まあ良しとするか。

昨日午後はベテランテニスに行った。

時間ギリギリ行ったので、みんなが腕の故障は大丈夫かと、心配してくれていた。

帰りにもいろいろアドバイスしてくれて、嬉しかった。

テニスの方は、両手バックハンド中心で、フォアは当てるだけなのだが、昨日はなかなか勝てなかった。

また、女性陣から誘われて行くことにしていた、今週末の泊りの親睦大会も十分できそうもないので、やめにした。

女性陣との懇親会が楽しみだったが、その欲求が抑制され、テニスが十分にはできないことと、時間とお金の面からの常識的な判断ができるようになったということか。

夜の風呂でのトラウマ解消はいつも通りやり、母親から責められたトラウマを中心に、2時間以上やった。

この責められるトラウマは、今は妻で、子供のころは親戚の家に行くことを母親が責め、親戚のおばさん、娘が責めた。

みんな俺が赤子のころに、自分たちが仕掛けたことなのに、俺のせいにしたのだ。

また家では、父親がいつも酔って母親を責めていた雰囲気を思い出した。

これには多分それなりの理由があるようなのだが、ここでは明かせない。

これが俺の家が抑圧された、いさかいばかりの家庭になり、親父がダメになった原因なのだろう。