ヨガ体操女子らとのやりとりとテニス大会への不安 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は雨のため水曜テニス教室は休みなので、俺は午前中1人壁打ちをした。

ここで俺は両手バックハンドストロークのコツを掴んだ。

今まで少しづつ出来るようになっていたが、まだ確実にはつかめていなかったのだ。

テニスの後、アマゾンマーケットプレイスで久しぶりに注文のあった本の出荷をし、図書館にも寄って新聞の連載小説をまとめて読んだ。

その後急いで帰って、即席うどんを食べ、チョット遅れてヨガ教室に行った。

ヨガ教室では最後列で、ベッピン体操女子の後ろに座った。

トレーニング中後ろから見るに、彼女は60歳と言うにもかかわらず、スタイルがよく体が異常に柔らかく、筋力も強く、本当の体操選手みたいだ。。

中休み中は、俺からトレーニングについていろいろ話しかけ、彼女も愛想よく応えてくれた。

帰りに、「来週は休みです」と言って立ち去ろうとしたので、俺は「休みはあんたか、ここか」と確認したが、「ここが休みだから間違って来ないように」と言う。

俺が遅れて来て、講師の話を聴いていなかったので、教えてくれたのだ。

俺は「俺は近くだから来てもいいけどね」と言うと、彼女か周りの女性かが「一人で来てやったら」と言うので、「一人なら5分もできんで」と応え、周りの女性たちも一緒に笑いあった。

彼女には気楽に話ができ気も合うし、セックスアピールも感じる。

彼女が先に帰ったので、残った近くの女性とちよっと話し、出ようとしていたら、いつもの2人組の女性と一緒になった。

ぽっちゃり女性が、今日テニス休みだったが聞くので、今度試合に出るがA級になったのでプレッシャーがかかっていることなど自虐的に話し、彼女らも冷やかしながら聴いてくれ、楽しかった。

40歳ベッピン女性は、俺が、負けてペシャンコになった時どんな態度を取ろうか、考えているなどと話すと、「負けず嫌いなんだね」と俺が今考えていることを言ってくれた。

そうなんだ。

俺は今このプレッシャーと闘っている。

俺は得意分野で負けると劣等感が出て来て、自分が価値がないように感じ、いじけて弱気になり、悔しくて仕方がなくなり、泣きそうな気持にもなり、その結果萎縮して人にも下手に出る。

俺はテニスの場で強気でやって来たので、俺がペシャンコに負けて萎縮するのは、周りには面白いかも知れないが、俺としては受け入れ難いのだ。

俺はペシャンコに負けてもそれにとらわれず、いつも通り態度をでかくもっていたいのだ。

俺は幼少期から、勉強もスポーツもよくできたので、大方において友達に優越してきた。

いや優越するために努力した面もある。

そして周りに認めら賞賛された。

今でも褒められると、内心異常に喜ぶところもあるし、期待するところもある。

今これらを解決する言葉とイメージを探っているのだが、とりあえずは「賞賛は要らない」か「負けてもいい」かか。