敵だ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中、壁打ち、ウォーキング、ランニング、を1時間半ほどした。

午後グループ女性が来る日なので、カラオケ喫茶に行った。

年上女性も来ているであろうから、どういう態度で臨もうか考えていたが、「敵だ」でどちらにも対応できそうだった。

この「敵だ」は前から俺の中ではあった言葉とイメージだが、考えたらこれは親戚の家は、表面は俺を歓迎しているように見せて、裏では俺を精神的に虐待していた「敵」なのだ。

カラオケ喫茶では案の定、年上女性も来ていて、グループ女性3人の隣のテーブルにいた。

俺は年上女性に「よう」と挨拶して、グループ女性の方に座った。

そのあと年上女性は歌い、俺は彼女が席に帰ってから、「調子いいじゃん」と声もかけた。

しかし年上女性はどちらにも返事はなく、すぐ帰って行った。

機嫌を悪くしていることは明白だった。

グループ女性とはいつも通りステージの歌を見ながら時々話した。

皆んなが帰って他の女性客と俺だけ残って歌っていたら、ママが俺に年上女性の方にも座ってやったらとか、いろいろ年上女性とグループ女性のことを言う。

俺は俺の自由にしたい、彼女には縛られたくないとか話し、女性客も俺に同意していた。

夜風呂でトラウマ解消した。

「敵だ」でいろんな場面を想定していたがふと気づいて、母親でやってみた。

するとトラウマがどんどん溶け出した。

母親が一番の敵だったのだ。

俺はそこまでは思ってなかったのでちょっとビックリしたが、これはそうなのだ。

母親は表面は子供のためと言いながら、実はほとんどが自本のために俺たち子供を動かしていたのだ。

だから俺は表面と裏が違う人は苦手なのだ。

しかし、「敵だ」で全ての人に距離がとれそうだ。