しらけ問題、再び | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は一日中家で、孫と遊んでいた。

長男の子どもで一才半になる男の子の孫は、すぐに俺に慣れ、ものはまだ言わないが、俺と遊びたがった。

俺は本当に可愛くて、何でもしてやりたくなる。

話は変わるが、俺は昨日の朝早く目がさめたので、前日の子ども夫婦達との食事時を思い出し自己催眠していた。

そして、この食事時の俺の心配は、幼少期からの俺の実家の食事時に原因があるのではないかと思いついた。

幼少期の俺の実家の食事時は、おやじが酒を飲み、だんだん酔って荒れて、最後は母親に絡んで、暴力を振るったりした。

いわゆる酒乱である。

だから、おやじの席の隣に座っていた俺は、いつもどうなるか心配し、嫌で嫌でたまらなく、出来るだけ速くご飯を食べ席を立っていた。

おやじが酒を飲まない時は、今度は反対に、重苦しい沈黙が続いた。

だからかどうか、俺は普段から食事はかなり速い。

速く食べて速く終わらせたいという気持ちが、常に働く。

いずれにせよ幼少期、食事時はいつも緊張していた。

まして、改まって食事をすることは大の苦手であった。

やはり問題はこの辺にあろう。

この辺を思い出し、また一昨日の食事時を思い出し、交互に自己催眠するとトラウマが溶けてきた。

そして、この結果を引っさげて昨日の朝食に望んだところ、結果は上々であった。

気持ちが周りの雰囲気に支配されず、周りをどうしようとか思わず、自分の世界を持って、自分を周りに押し出して行く、と言ったらいいか。

例えば一昨日は、あまちゃんのビデオを見たかったので、見ながら食べて1人大声で笑ったりしながら、他のものに、あまちゃん見てるか聞いたり、隣に座った息子の嫁に、テレビ何見てるか聞いたり、共通の見てるテレビの話をしたり、世界陸上のマラソンがあることを思い出し、公務員ランナー川内のことを知ってるか聞いたり、知らないと、他の全体に知っているか大声で聞いたりした。

これらは、俺の自然な気持ち、興味から生まれた行動や言葉であるので、勢いがあり楽しかった。

またこれらは、多少周りを混乱させたかもしれないが、特に話題を引っ張るものもいないのだから、許されるのではないか。

発展途上の段階ではある。

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