人の評価や視線をぶっとばす | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中テニス朝教室組の練習会、午後はカラオケ喫茶に行った。

テニス練習会では、俺はみんなから頼りにされてる感じで、居心地がいいし楽しい。

カラオケ喫茶では、治ったと言いながらまだあった、歌った後の照れと動揺が、ぶっとばす、というイメージでほんとに払拭できた。

この、ぶっとばす、は以前催眠療法をやる前にイメージだけでやってた頃、仕事で人前で話をせざるを得ない時、使っていたイメージだ。

昨日カラオケ喫茶で、歌った後のあがらないイメージを探っていたら、急に出て来た。

これでやると、歌っている時も歌った後も、ほとんど動揺しなかった。

帰ってから、これでトラウマの解消を図った。

このトラウマは人からの評価を得たいというもので、幼少期地区の人達、特におばさん達から評価されようとしていたこと、また学校で友達、特に女生徒からどう思われるか、いつも気にしていたことなどが思い出された。

また人前であがるのは、幼少期俺が親戚の家へ行くのを、行かないように周りの家のおばさん達が俺を見張っているので、俺は隠れて行っていたことによるトラウマだった。

つまりどちらも見られと動揺するのだ。

まあこれらの、地区や学校で評価を得ようとするのも、地区で見張られていたのも、もとは母親の差し金ではあるのだ。

ぶっとばすは、これらの人の評価や視線や母親をぶっとばすものなのだ。


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