今と幼少期の家庭の状態と俺の動きが同じ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は9時過ぎから1時過ぎまでみっちり畑作業をやった。

その後カラオケ喫茶に行ってみたが、駐車場にCさんの車があったので、入るのをやめた。

家に帰ってから、今後他にも行く所を探さなければと考えていたら、自己催眠になってきた。

これが結局3時間ほどやっていたことになる。

俺は最近はあまり自己催眠はやっておらず、もうあまり解消すべきトラウマは残っていないと考えていた。

しかし、大きなトラウマが、まだ残っていた。

何かというと、やはり家で落ち着かない、孤独を感じるということだ。

そして、どこか外の集団に入りたいという強い欲求だ。

これは何か追求したところ、結局他罰的な母親に幼少期から責められ、家で孤独で落ち着かず、外の親戚の家や学校で愛情をもらおうとした動きと同じようだ。

今も家では、小さいころから母親と一緒になって常に父親を責めてきた妻から、有形無形に責められている状態であり、孤独で落ち着かず、外に愛情を求めている。

今回の自己催眠で、これらのトラウマがまた溶けると同時に、これらのこともはっきりとしてきた。

今後は家での落ち着きも、もつと出てき、また孤独感も減るだろう。

しかし愛情はやはり外で得るしかない。

幼少期のような受身でもらおうとする愛情ではなく、積極的な与え与えられるような形の愛情を求めることになろうか?

この辺はまだよく分からない。


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