当たり前がなくなる日 | Short conte!☆ダッフィーとシェリーメイ、ユニベアとの生活☆



随分ご無沙汰しておりました、ショートです。






昨日は高校の卒業式でした!



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卒業証書と皆勤賞!


実は中学高校の6年皆勤なんです唯一の自慢


とはいえ、私の学年は280人中6年皆勤が28人もいたんですが…元気すぎます10人に1人…






月曜から卒業週間が始まり、様々なイベントがありました。



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最初は、トーテム




始めてシルクドゥソレイユの公演を観たのですが、それはそれは最高で…




1つ1つの演技に息をのむほど緊張し、そして楽しめました!
そして魅惑のシックスパック男子達が眼福で←
肉体美、芸術的身体能力は圧巻でしたね。



生命の力を感じる、とても素晴らしい公演でした。



※ネタバレしたくないので敢えて抽象的に言ってます







次の日は元劇団四季・沼尾みゆきさんの特別コンサート



学校にわざわざおいでくださり、講演と4曲の歌を披露して下さいました。



きっとご存知の方も多いでしょうが、沼尾さんはオペラ座の怪人・クリスティーヌや、美女と野獣のベル、ウィキッド初代グリンダ役をされるなど、四季時代にはとても活躍された方。



とっても華やかな方なのかなと思っていたのですが、そんなことはなくとっても控えめな方でした。



四季入団の頃のお話や、その後の苦労など半生を語ってくださいました。今後私たちはどう生きていくべきか、とても考えさせられる講演でした。



講演のあと披露してくださった歌はどれも素晴らしかったです!特にウィキッドの「ポピュラー」は、ちゃんと本番のように振り付けまで付けて歌ってくださり、エルファバはいないものの劇のワンシーンを観ているようでした



元劇団四季の方に直接お話を聞ける、とても貴重な体験となりました。





そしてこんなに盛りだくさんのイベントはあっという間に過ぎて…




卒業を迎えました。



卒業のお祝いにこんなものも頂いちゃいました!
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なんと、『きょうは会社休みます。』で有名な藤村真里先生からの直筆お祝いメッセージ!




実は藤村先生には社会特講という16人の少人数クラスでお世話になりました。


4グループに分かれて漫画の内容を考え、藤村先生がイイ!と思ってくださったものが漫画になる、という企画だったのですが…


お忙しい藤村先生。さすがに数ヶ月での完成は出来なかったらしく、お詫びとお祝いのメッセージを下さいました。そんなに気を遣わなくても良いのに…!



漫画は完成したら郵送で送られることになりました。楽しみです
ただ著作権の関係で、アップしたりはできないのですが…私たちは「もう藤村先生の作品ってことでいいので発表してください」って言ってます




他にも色々卒業祝い品を頂きました。




卒業式では先程上げた卒業証書、皆勤賞をいただき。



卒業生代表の言葉あたりで泣く気満々だったのですが、案外に泣けず




結局1日の終わりまで泣くことはなかったです。




帰り際、別れるのが惜しくて友人達8人と学校近くのファミレスで最後の晩餐。




いつも通り他愛ない話をして、笑ってました。
「こんな風に話すことも無くなるね」なんて言いながら。



でも本当に仲のいい友人達なので、そんなこと言いつつなんだかんだ理由つけて集まりそうですが




帰りの電車も本当になんでもない、いつも通りの話をして、みんなと別れて、高校生活最後の乗車をしました。疲れて寝ちゃいましたが。




それまで当たり前だった日々が、当たり前じゃなくなる。




秋に見たARIAの映画もそんなことを言ってました。当たり前のように一緒にいる友人は、実は奇跡のような出会いで、日常にはミラクルが溢れてる。当たり前はそのうち当たり前じゃなくなって、でもそれを繰り返して成長していく。




私はまだあと2ヶ月くらい学校に通いそうな感覚なのですが、きっと大学の入学式くらいで「もう高校生じゃないんだ」って感じるんでしょうね。





思い出せば、辛いこともたくさんあったけど、それ以上に、楽しい記憶、ずっと笑ってた記憶が溢れて、とても幸せな気持ちになります。





当たり前がなくなる日…今日、3/11は辛い記憶ではありますが、同じことが起きました。



当時中1だった私。前日にひどい花粉症により38.7℃の熱を出しました。6年皆勤の私からすると本当に珍しい高熱で辛かったのを覚えています。

まだ次の日も熱が残ってて、それでも皆勤したいから登校して、体育祭の練習して帰ってきて…


気分転換に、とゲームをしていたら、あの大地震が起きました。



慌ててテーブルの下に潜り込んだのを覚えています。その時はたまたま父親が家にいたので、色々頼れて安心感がありました。家族の尊さを実感…



実はその頃、私の祖父が亡くなったばかりで、葬儀の準備で母が茨城の実家に帰っていて…東京より震源地に近かったので相当揺れたそうです。地面が波打ってたとか。




でも全員無事で良かった、と今でも思います。



その後計画停電や、お店の品薄状態が続くなど、今までとは違う生活を送りました。





3.11の約1年後、中3の時にその当時では珍しく修学旅行で被災地の陸前高田を訪れました。瓦礫の山は3年経った今でも鮮明に覚えています。



あれから復興作業によって瓦礫の山は減り、陸前高田は新しい街に生まれ変わろうとしています。



でも、地元の人は津波への不安から戻るという選択を拒否したり、今までとは違う形でも陸前高田に戻りたいと思う人もいたりと、様々です。今までと違う、というのはそれだけの不安がつきまといます。




当たり前が当たり前じゃなくなる日。卒業して「これからどうなるんだろう」と思っている私ですが、3.11当時も同じように思い、被災地の方はきっと今でも、その思いを抱えていると思います。





春から大学生。「自分には今何ができるのか」。そう考えながら日々を生き、社会に目を向けて生活したいと思います。






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