『 桜のポートレート 』#12 | 『あらしのおはなし』* 嵐妄想小説 ~

『あらしのおはなし』* 嵐妄想小説 ~

日々妄想。
時々執筆。

愛情込めて、紡ぎます。

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人間ってのは、よく できてる。

毎日積み重ねてきた日常が、勝手に身体を動かしてくれる。


朝起きて、ちゃんと仕事する。

仕入れして、配達いって、

お客さんともしゃべるし、愛想笑いだってする。


たとえ、

心の中が、空っぽだとしても。

どうしようもないぐらい、落ち込んでたとしても。


意味のない日常を、毎日毎日、繰り返してる。


…まるでゼンマイ仕掛けの人形のように。




あの日から、空の色が なくなった。


好きだった 秋空も、

美しいと思えた夕日も、

俺の目には何も映らない。



腹も減らない。

何も旨くない。



襲ってくる喪失感をなんとかやり過ごして、毎晩、目を閉じる。


…早く朝になればいい。


そうすれば、また、ゼンマイは動き出す…。






最近、母ちゃんは夕方になると、店先に出てくる。

誰も頼んじゃいないのに。


口も利かないで、前の通りを歩く人たちをながめてる。


幼子を連れた若い母親を見つけたら、うれしそうに ハッ と肩が上がり、

そしてまた、すぐに下がる。

それを何度も、くり返す。


60を過ぎた母ちゃんのまるい背中は、とてもさみしげで、不憫だ。



「母ちゃん、もう、ふたりは来ないよ…」

あきらめて奥の部屋へと帰っていく母ちゃんの背中に声をかけた。


母ちゃんはゆっくり振り返ると、

「そう…あんた、フラれたのね」

と、さみしげに言った。


「一人で子供 育ててきた人だもの。…きっと、譲れないものがあるんでしょう…」

そう言って、ふうっと 長いため息をついた。


「わたしもお節介しすぎたかしら…。そうか…フラれたのか…。いい娘さんだったのに……」


眉をハの字に下げてそう言うと、ゆっくりと奥に引き上げていった。



もしかしたら、母ちゃんも、

さなえさんとさくらが、本当の家族になるのを夢見てたのかもしれない。


そう思うと、不覚にも、

鼻の奥が、ツーンと痛んだ。




…俺はフラれたんだ。

ちゃんと、好きだって、言えないまま…。


伝えればよかった。

ずっと、あなたが好きだった って。

ずっと……

好きだったのに。


あの日、

はじめて会ったあの日、


桜色のコートを着たあなたに、

やさしく微笑んだあなたに、


…俺は、恋をしたんだ。





胸の奥が、ギュッと軋むような音をたてた。

苦しくて、崩れるようにしゃがみ込んだ。


ズボンのポケットの中から、ふたりの欠片を取り出す。

さくらに返し忘れた、3つの、親子どんぐり。


見つめて、問いかける。



…このままで、いいのか?

このままで………




そして、自虐で顔を歪める。


俺は、いったい…

あれから、何度 同じ質問を、自分に投げかけているんだ。

くり返し、何度も、何度も…。


その度に、何もできなかった臆病者くせに。


いい歳したオッサンが、情けねえ…。





あ…


ふと 思いたって、顔を上げた。


ほんの一瞬 湧いた、わずかな勇気が、

俺の背中を、押す。


立ち上がり、

手のひらをグッと握りしめると、祈るように額に当てた。


今日を逃したら、きっともう勇気がでない。


もう一度だけ、ふたりに会いに行こう。


嫌われたっていい。


もう、一度だけ……。




これが、俺に残された、


……ラストチャンスなんだ…!




俺は急いで店を閉めると、着替えて家を飛び出した。







続く



少し短いですが、ここで。
さぁ、どうなるんざんしょ。