名古屋・摂食障害専門カウンセリング。拒食症・過食症・過食嘔吐の治り方・接し方がわかるブログ

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名古屋の摂食障害専門カウンセリングのブログ。拒食・過食・過食嘔吐の治り方と治し方、摂食障害の治療、精神科や心療内科の病院選び、通院と入院の違い、家族の接し方がわかるブログ。治った後の食事や生活も。名古屋駅から徒歩10分。完全予約制カウンセリングを実施。


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摂食障害専門カウンセリング

中村綾子です。

 

摂食障害と甘いもの。

いろいろな人がいます。

 

*先日の私のおやつ^^

 

 

カロリー制限しているから甘いものを食べない人たち・・・と思い込んでいませんか?

確かに摂食障害の最中に、極端な制限生活をしている方もいます。

 

逆に、「食事代わりのお菓子」が日常的になっている人たちもいます。

 

どちらの共通点も「普通の量が分からない」のです。

摂食障害と甘いもの。こちらで書いてみました。

 

 

 


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摂食障害専門カウンセリング

中村綾子です。

心って目に見えないからこそ、
分かりにくく、


心が変わるって言われても、
何がどう変化していくのか


何をどうすることが
変化につながるのか


全然わからなくて、
ますます摂食障害の闇迷路に入り込んでしまう方も多いようです。


私も説明の方法をイロイロ考え続けてきました。
最近、思いついた例を使いながら、「摂食障害の心が変わる」についてお届けします。


*お断り*
以下の通り「左利きの人」を例として記載いたしますが、左利きの方の生活はあくまで、私の中の想像ですので、予めご了承ください。
また、私個人としては、特に「左利きは直さないといけない」とは思っておりません。左利き・右利きは、人それぞれです^^


『摂食障害の心が変わる』とは、
左利きの人が、右利きになりたい!とカウンセリングにお越しになって、
右利きでの生活が自由にできるようになるまでのプロセス、と考えます。


■カウンセリング開始時


左利きの人が、
「どうしても、右利きになりたい!」
「右手も自由に使えるようになりたい!」
「両利きになったら、どんなにイイんだろう!」


こうした気持ちで、カウンセリングにお越しになります。


そこで、充分に話し合いが行われます。


「どうして、左利きじゃダメなんですか?」
「右手を、絶対に使えるようになりたい理由って何ですか?」
「いつから、左利きを変えたい・直したいと思うようになりましたか?」


さらに、覚悟を確認します。


「長年、左利きだった生活から、右利きにするには相当時間がかかりますが、それでも希望されますか?」

「右手を使おうと思っても、うまく行かなくてイライラしたり投げ出したくなったりする時期が必ずありますが、大丈夫ですか?」

「途中、『どうしてもっと早く直さなかったんだろう?』とか、『幼いころ、親が直してくれていたら違ったのに!』とか、いろんな感情が沸いてくる可能性があります。それでも、やりたいですか?」


これらすべてがOKだった場合、初めてカウンセリングが開始になります。


■カウンセリング経過


(1)最初はやる気いっぱいで始まります。


ちょと右手が使えて、うれしかったこと。
左手が出そうな自分に、パッと気付いたこと。


たくさんの嬉しい報告でいっぱいになります。


(2)途中、行き詰まりがあります。


行き詰まりとは、誰もが経験する、上手くいかない時期です。
この時期、周囲への「怒り」として表れることが多いです。


すごい怒りが沸き、

諦めの気持ちが沸き、

カウンセリングは、そうした気持ちの立て直しがメインになっていきます。

 

立て直しの後、さらに一進一退を続けていきます。

その後、ある変化が訪れるのです!!!

 

カウンセリングで心が変わるということ。

卒業までの流れを、22日(火)のメルマガにてお届けします!

 

 

 


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摂食障害専門カウンセリング

中村綾子です。

 

先日、親戚のお見舞いに行ってきました。


名古屋駅で母と待ち合わせして
お昼を食べて、
市バスに乗って、
親戚のもとへ。


親戚は・・・
手足が不自由になって
発話も出来ないので、


指で文字を書いて、
それを母が読み取って、声に出して・・・


なかなか通じない場面もありましたが、
指で書いているのに、親戚の毒舌はいまだに健在でした(笑)。


なんだか、それが嬉しかったです。


人が衰えていく過程を、
私はあまり身近で見たことがありませんでした。


祖母が他界した頃は、私はカナダ留学中でした。
祖父は認知症だったので施設に入所して、私が摂食障害真っ最中の頃に亡くなりました。


そして、今回お見舞いに行った親戚とは、同居していた時期、とてもとても折り合いが悪かったです。


身体が不自由な親戚と
摂食障害の私。


その板挟みになった母。
我関せずの父。


「こんな家だから、治らない!」
「こんな状況だから、私は休めない!」
「協力してくれないから、いけないんだ!」


摂食障害の頃の私は、こうした言葉を何度言っていたことでしょうか。。。


親戚に母を取られたという想いが、
私の中でとても大きく、
その気持ちが、親戚との仲を一層険悪なものにしていたのかもしれません。


私は一生このまま、
親を恨み、
家を恨み、
イライラを爆発させ
過食衝動に振り回され、
吐いて吐いて・・・

そんなふうに生きていくのか。。。


そう思い続けていました。


同時に、そんな自分がとてもイヤでした。


何も出来ない自分
怒ってばかりいる自分
何一つ楽しめない自分・・・etc.


当時の私は、一生治らないままなんじゃないかと本気で思っていました。
けれど、家族はどんな時も、信じていてくれたのです。


【治る】ということを。


治ると信じていてくれたから、
我が家にはいつも一貫性がありました。


「摂食障害だから」と何か特別扱いされることも
特別に免除されることもありませんでした。


幼い時から怒られること・禁止されることはいつも一緒。


歩きながら・何かやりながら食べちゃダメ。
暗い道を一人で歩いちゃダメ。


いつも同じ禁止のこと。
いつも同じだから、過食であろうと、それらは絶対禁止のことでした。


過食衝動で止まらなくて、
夜中にコンビニに行きたくてたまらない!
買っても、家に着くまで待てない、今すぐ食べたい!


でも、ダメなものはダメ。
何が何でもダメ。


そういう母なのです。


もちろん、当時は反発していました。
母の対応は、「世間体ばかり気にする人」として非難していました。


でも、本当はそれで救われたのです。
私が、治ると信じてもらえている証拠だからです。


・・・

今、とても平和です!


冒頭に書いたように、二人で親戚のところにお見舞いに行くなんて・・・
摂食障害の頃は、絶対に想像が出来なかったことです!


母と会っても、
普通にしゃべって、平和に終わります。


ケンカすることも
分かってくれていないと感じることもあります。
それは、人間だから(笑)。


こんなに平和な日々と平和な親子関係が戻ってくるとは、未だに信じられないくらいです。


だから、摂食障害が治ってよかったと思うのです!

けれど・・・私が摂食障害の頃、いろんなガマンをしていました。
自覚のないガマンもありました。

 

今から振り返って気づくガマン。

そして摂食障害の母娘が重ねているガマン。

続きは、19日(土)20時のメルマガでお届けします!

 


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摂食障害専門カウンセリング

中村綾子です。


こんなに食べない子が、過食になるんですか?
拒食でフラフラしているより、過食になったほうがラクなんじゃないですか?
拒食症で悩んでいる人は、必ず過食になるんですか?


お母様方から多くいただく質問です。
同時に、私が拒食だけだった時期に、同じように悩んでいました。


拒食だけだった頃、過食に対して大きな恐怖を抱いていました。


自分も大量に食べるようになるんだろうか?
大量に食べたら、一体どんな体型になるんだろうか?
そんなに食べて止まらなくなったら、どうしよう?!


さらに、「吐く」ということは、絶対にやりたくないことでした。


初めて精神科入院する際、主治医になる医師からこう聞かれました。


「吐いちゃうことは無いの?」


低体重だったので、かなり疑いの目を持って、この質問だったと思います。


でも、私はこう答えていました。


「幼い頃から吐きやすくて、吐くのはすごく辛いし苦しいし。
だから、自分で吐くなんて、絶対にやりません!」


事実、私は赤ちゃんの頃から「吐きやすい子」だったと母から言われています。
小学校2年くらいまでは、少食でした。
少しでも無理強いすれば、すぐに吐いてしまう・・・という子どもでした。


なので、拒食症の私にとって、吐くことは

嫌で
苦しくて
ツライこと。


そんなこと、自らの手でやろうなんて、絶対に思わない!
本当にそう思っていました。


けれど・・・


その言葉から●ケ月も経たないうちに、過食嘔吐が始まっていました。

私の実体験の続きと、冒頭のギモンへの回答は、15日(火)メルマガ読者様限定でお届けいたします。