むかーし、半世紀近く昔。
私がまだ10歳にも満たない頃。
母は良く、大好きなコーちゃん(越路吹雪)のレコードをかけていた。

その中で、自然と私も幾つかの歌を覚えたが、今日ふと、この歌が思い出された。

岩谷時子さん作詞「Che sarà(ケ・サラ)」

平和で美しい国 
信じあえる人ばかり
だけど明日はどうなることやら
誰もわかりはしないさ

ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ  
私たちの人生は
階段を手さぐりで歩くようなもの
ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ

70年代、朧げな記憶だが、不確実性の時代、と言う本が流行ったと思う。
今はVUCA時代と言うようだが、似たような意味だろう。
要は不透明、先が読めないと言う事だと思う。

しかし、今まで先が読めた時代はあったのだろうか?
確かに高学歴で大企業に入れば良かったのは続いた。

でも、大企業の顔ぶれはその時々、時代で変わったと思う。
母の時代は三白と言い、セメント、砂糖、紙だったようだ。
その後は三黒。造船・鉄鋼・車両などの鉄の時代か?
私の時代だと、電機、電子、金融などだろうか?

そしてこれからはAIなのだろう。
UNIQLOやニトリが人気企業と言うのもびっくりしたのはこの前だった気がする。

とにかく、時代は変わり、経済も変わる。
その中で生きて行くと言う事は、とてつもない不確実な事なんだろうと思う。

自然災害大国であり、大国ロシアや中国の隣国であり、そして今後、グローバルの流れは止まらず、AIの流れも泊まらないだろう。

川の流れは絶えずして、また元の水に非ず。
過熱した株価など分からず、インフレも止まらず、いつ自然災害に遭うかも分からない。
この先どうやって生きて行くのかなど、検討も付かず、不安になる。

その不安の中でこの歌を思い出す。
私たちの人生は階段を手さぐりで歩くようなもの。

先は見えない。真っ暗な中で階段を手探りで歩くような物。
どんなに今恵まれて見える人も、それは皆、同じなのだと思う。