今日のTVの”うち断捨離しました”は27年前突然の病気で息子を亡くした家族だった。

亡くなった時のまま何から何までそのまま残してある。

見るのもつらいから触らないまま27年。

それを断捨離することにしたという話。

 

私はというとまだ1年たっていないけど見るのがつらいから少しづつ少しづつ見えないように捨てたり人にあげたりして周りから息子のものを減らした。

家族で唯一体臭のある人だったから彼の衣類使ったタオルはすぐわかる。

そばに置いておくとだんだん彼のにおいが薄れていくのがかえってつらかった。

今残っているのは本、メモ帳、新聞の切り抜き、好きだったカード。

物はなくなっても私が生きている間は何かをするたびに彼だったらこうするだろうとかこう言うだろうとか思う。

生きている間はひととの距離が近すぎて時々背後霊みたいにピタッとくっついていて、ちょっと離れてくださいと言っていたけれど今は私のそばにいてねと思っている。

 

 

その日が近づくと去年のこの日は・・・と思いだすことが増える。

一寸先のことはわからない。

当たり前のことなのにその時は今の状態がまだまだ続くような気になっていた。

 

いろいろな人の言葉に慰められたり傷ついたり。

離れた人もあるが、新しい仲間も増えた。

いまだに息子のかかりつけ病院の先生の冷たさ、警察のいたわりのない対応、救急搬送された病院の死にゆく患者として扱われているような感じに消えない怒りがある。

怒りは自分が苦しくなるから振り返らないようにしているがこのところはふと思い出す。

悲しみがあまりに大きいからそれを誰かへの怒りに変えているのかな。

 

突然一人暮らしになって3ヶ月。

生活のリズムは以前の通りに保とうとしているが思いがけないときに涙があふれる。

同居の息子が突然の事故で意識不明になり回復は望めませんと言われて1週間。

今度は高齢で介護を覚悟していたワンコが全身痙攣で入院1週間で逝ってしまった。

意識の無い息子に「逝ってしまったよ」とささやいたら次の日息子が息を引き取った。

言わなければ良かった。

 

病院の対応や周りの人の事やこちらの感じ方が敏感になって居るから誰かに言わずにおれないことが沢山。

でも全部を伝えることはできなくて書くことで心を整理している。

 

日記の他にこのブログを思い出して時々書き込んでみようとおもう。