曲の著作権をめぐって、町の音楽教室に2年間という期限付きで潜入した橘。
彼は、少年時代に、誘拐されかかり、それ以来、悪夢を見るようになっていた。
そして、チェロ講師・浅葉の元で、かつて自分が習っていたチェロを弾き始める。
チェロを弾き始めることによって、橘の心情は静かに変化してゆく。
時には、深海に沈むように。
時には、弾むように。
音楽教室で使っている曲の著作権をめぐって、上司である塩坪から法廷に立つように告げられる。
それは、浅葉との別れ、彼の教え子で、橘とも親しくなっていた周囲の優しい人たちとの別れを予感するものだった。
橘は、チェロを弾くことによって、それまで見ていた深海の悪夢から少しずつ逃れていくようになっていた。
橘は、音楽教室、そして浅葉を救うことに対して、あることを決意する。
それは彼の身の破滅だった。
果たして、橘は一体、どうなるのか?
法廷への証言の時間が刻々と近づく中、浅葉のコンクールの時間も静かにやってくるー。
当初、2023年本屋大賞ノミネートということで、読書メーターでも評判が良かったので、初読みの作家さんでしたが、読んでみて、私の好きなミステリー(一部、ミステリー?)ではなかったのであまり期待はしていなかったのですが、それを見事にひっくり返してきた作品でした。
橘が少年時代に負った傷を抱えながら生活することに共感がとても持てるなぁって。
私もとあることで、小さい頃に傷を持っています。
時々、夢にも現れるのですが、いつもはそのことを抱えて生きています。
時にはそれが辛くなることもあるのですが(実際、橘は心のクリニックに通っている場面が描かれています)私はそのことについては、精神科のドクターには告げたことはありません。
橘は過去の傷をなかなか、医師に告げることができなかったのですが、ついにその傷を告げることになります。
その時に、医師は「私のことを信用してくれて、ありがとうございます」という場面があります。
私はその文章を読んで、自分もどうしようかなぁ(医師に告げることを)と迷っています。
きっと(私の医師は男性なのですが)彼には伝わらないだろうなぁと思ったり、告げることによって、気分が軽くなるのかなぁとも思ったり。
とにかく、何かを思い。
何かを考え。
一歩だけ進むことができるようになる書籍だなぁと思い、おすすめの一冊にさせていただきました。