”感染症ムラの闇” | あ~どうしたものか

あ~どうしたものか

社会問題=PTSD現象。

“郷土なくして人生なし”
ということで[複合汚染]時代をサバイバル、平穏死を子々孫々繋いで生きましょう。

あゝ…
いつも記事をありがとうございます。

«副反応等の負の面も考慮に入れた総死亡者数の比較で、ワクチン接種群で死亡者数が減少したというデータはまだありません» ね、
まさに薬液の製造元が初めから
「抗体値を上げるように設計して実現したけれども、予防接種として機能するか否かは、やってみなければ判らない」
と言っていた事実をマスコミが精確に伝えなかったことがワクチン盲信を生んだと言えます。

「予防接種として機能するか否かは、やってみないと判らない」ならば「やってみましょう」という姿勢を取って良いのか?は、哲学せねばなりません。

《歴史的身体》に依存して接種のリスクが決まるので、
《歴史的身体》に配慮しないのは
“body-politically incorrect”
なのです。

モンスーン地域には、[瘀血]という風土病があるので、血液像を悪くする薬液の注射は特に日本人の歴史的身体には有害つまり当人の自己治癒力にダメージが大きい可能性もあります。

要するに、
“One world, one health!”
というキャッチ・コピーが間違えているのです。

Googleは「予防接種として機能するか否かは、やってみないと判らない」ならば「やってみましょう」という姿勢ですが、カリフォルニアはモンスーンではないので、日本で生まれ育った我々とは違う結論に到達するかも知れません。

いずれにせよ、「予防接種として機能するか否かは、やってみないと判らない」ならば「やってみましょう」という姿勢が機能するためには半数くらいの住民が接種した時に、「予防接種として機能しているか」実際の数値で検討して、やめたほうが良いと言える[正気]が残っている必要があります。

然様な[正気]は、河野太郎さんには残っていないのが困ります。慶應義塾が[T4]シリーズを取り揃えた壮観な状態になっていることと同根の問題なのでしょう。まさに、漢になれず、言い逃れというか?ウソが上手くて、国民を[騙し討ち]&[使い捨て]にしてしまうタイプだと言うことも出来るでしょう。

我が家の愚息など、《アスペ》ラベリング攻撃で父子共々カルト勢力から嬲りものにされる15年ほどを過ごさざるを得なかったので、
「オレは漢だ」
と頻繁に、ひとりごちていました。

añjali =ナマステ=合掌。
https://ameblo.jp/morizononaika/comment-12700048867/

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いつも記事をありがとうございます。

上昌広さんは、
①いわゆる[子宮頚がんワクチン]がたった2価だった時に、英国の保健省がワクチンの効果を調べる研究を公募した際に手を挙げた…つまり日本人の女子中学生を[実験動物]に利用したので、ワクチン[行政]に対する大きな不信感を広めてしまいました。
②“Covid jab”[社会実験]被験者に[志願]する人を集める際にも、予防接種として機能するか否かはやってみなければ判らないことは伏せておいて、接種して健康被害が出ても落命しても「尊い犠牲」としてデータを取らせていただいているので、全然、心が痛みません。

上述の2点で問題が露呈したので、普通の人は、ドン引きしていることでしょう。

しかしながら、尾身さんはじめ公衆衛生[行政]側は、さらにデタラメで、接種して健康被害が出ても落命しても「尊い犠牲」としてデータをきっちり取らず、公開せず、 “《なかったことにする》ストラテジー” つまりは[カルト勢力]方式なのです。上昌広さんのご批判は、もっともなことですよ。

「予防接種として機能するか?やってみなければ判らなかったので、やりました」「やってみて、上手く行かないようなので、やめましょう」という流れになりそうです。

特に免疫系が未完成 である未成年に接種を推進するキューバなどに比べれば、尾身さんたちのほうがマシかも知れませんね。

当人の《歴史的身体》を鑑みず、生まれ育った風土を考慮せず、接種を推進するのは、
“body-politically incorrect”
なので、[国際政治学]の課題として議論し、
“One world, one health!”
というキャッチ・コピーが間違えていると世界人権宣言を共有する人類共同体メンバー多数派が認識するようになれば…と願ってやみません。

どうも、お邪魔しました。



皆さまも、お大事に。