”これぞ五輪のレガシー、何も生まれない東京五輪を早くもパリが追い抜いてるプロジェクト世界が絶賛” | あ~どうしたものか

あ~どうしたものか

社会問題=PTSD現象。

“郷土なくして人生なし”
ということで[複合汚染]時代をサバイバル、平穏死を子々孫々繋いで生きましょう。

パリでは五輪という《お祭り》を行う際に
開催地の都市機能を向上させることを考える…
開催地の住民も、五輪後も開催地に遊びに行く世界からの観光客も、先が楽しみにできますね。

東京都は、混乱しています。
 前の東京オリンピックも、決して開催地の住民が喜ぶような都市整備ではなく、敗戦後、住み着いて日雇い労働をしていた人々に新しい住環境を提供して五輪後の生活を楽しみにできるようにしよう…というものではなく、ただ、見苦しいからと排除して済ませた…住民が如何なる状態であろうと、先々の暮らしを楽しみにできるように企画しないでは《祭典》の名に値しないと思った人は少なくないでしょう。
 2度目の東京オリンピックでは、同じ轍は踏まないようにしようとするか?…と思いきや、カネになる、カネになるからタカれると考える、カネが動く《祭典》という名目で。
 スポーツの《祭典》それ自体には「やりたい人が多いなら反対しない」という程度の感覚の住民が多くて、原発事故後に高汚染地から首都圏に移住した人々も、前から住んでいる人々も、五輪後の暮らしを楽しみにできる企画にしようという発想はゼロで、そもそも震災&津波の被災地では住居や学校などの再建が遅々として進まないなか、建設資材、建築&土建関連のマンパワーをオリンピックに投入することには気が進まない普通の感覚の人のほうが多いと思うのですが、そういう人は、今はメンタルクリニックに「浮かない顔」をして行き、香山リカさんに「好きじゃないんですか、オリンピック?」などと心理操作をやられた挙句、慌てて自分の気持ちを否定して、悪政オンパレードで先々の暮らしを楽しみにできないことを意識しないようにさせられるだけです。セルフネグレクト強要を受容させられているのです。
 セルフネグレクト強要を受容しないことは「我がまま」とか「我意を通すこと」ではなく、「カネになる、カネになるからタカれる」と考える政治屋のほうが「我がまま」で、我意を通しています。…という我々のほうが放射能フォビア扱いで散々集団ストーカーなどをやられてきました。そういう企画&実行している連中はカルト組織メンバーゆえに、そうした人権蹂躙を止める力は我々にはありません。警察は連中をサポートするために2001年911以降、我々の側を攻撃してきましたから、根は深い話です。
 そういう連中が安倍晋三王朝サポーターゆえ、どうにもならない政治状況です。警察官僚がのさばるばかりで、日本のレイプ問題も続きます。香山リカさんを「弱者帝国主義」と批判した中嶋聡さんは、レイプ被害者に「忘れて強く生きろ」と別の形のセルフネグレクト強要を受容するよう心理操作をして済ませていることを自慢している精神科医で、両者ともアレです。
 正しくは「忘れて外傷体験を病原化=トラウマ化したら、強く生きることは不可能」ということです。外傷体験の加害者への怨念を育てるのではなく、人類史&人類社会レベルのPTSD問題に対処するのみです。なぜ、そういう普通の感覚&発想がマイノリティなのか?…神のみぞ知る…と思う次第です。

皆さまも、お大事に。