”つまり学んでないし、育ってない” | あ~どうしたものか

あ~どうしたものか

社会問題=PTSD現象。

“郷土なくして人生なし”
ということで[複合汚染]時代をサバイバル、平穏死を子々孫々繋いで生きましょう。

成蹊大学は、裏口卒業があって、大学を人民制圧のツールにする流れに利用されてきた…ということですね。

人類社会レベルで
大学のレーゾンデートルは人類の福祉に寄与することだけですから、大学に行くのは、世界人権宣言を共有する《人類共同体》メンバーとして生きる覚悟をして “to study to form oneself” =自己形成を進めるべく探究するためだと言えます。お子さまが自己形成の自由と権利を行使する際は、《観察主体》を手放さない義務と責任が伴います。「そういう扱いは不当ではないか」と抗議する愚息を潰そうとして当人の《観察主体》を手放させようと頑張ってきた人々は全員が人非人です。15年ほどヤられました。「女性の悪用CIA方式またはサル真似」「ヤさん方式」を巧妙に組み合わせて攻撃してきますから完全犯罪でした。そういうなかで、突撃SS隊員女子も出てきたわけで、ああいう業務妨害は「違法」ではないのか?今でも腑に落ちません。

Perpetrator-Victim関係に関する “knowledge” を選び取って実際的な《安全確保》を追求するのがポイント」ということは、《人類共同体》メンバー全員で共有できそうな知見です。
…(中略)…
意見が合わない場合も、実際に殺し合わないことが大事ゆえスタンフォード監獄実験をエンジョイなさった西洋白人女性ご夫妻&同調なさった大学人の皆さま/手駒として利用された院生&学生さん…学会員の皆さま…スタンフォード監獄実験》は、ダメですよ、やめましょうね。《スタンフォード監獄実験》エンジョイする大学人さえいなければ、2001年911をトリガーにして大崩れした西洋白人オヤジもあそこまで狂うことはなかったでしょう。
…(中略)…
「殺しなさい…あなたも殺される…」
先に殴ったほうが、その後の「コミュニケーション」を有利に展開できる…というのを実践しているだけです。要するに、《アンチ・ラポール》を進めて患者を射殺する特権が欲しいというアベ友さんたちとお仲間です。

安倍自公政権は、実に系統的に日本人庶民の奴隷化=愚民化を進めてきました。そのことは第一次安倍自公政権が教育基本法の骨抜きを実行したことに露骨に現れていますよ。

ヘルシンキ宣言でいう
“integrity of research subjects” を
「被験者の全人的な状態の保全」とは読解しないギョーカイなので、お気の毒ですが idthatid さまも公認心理師になるために《主体性のある学び》は追求せず、自ら《観察主体》を手放し、ご自分についてさえも《全人的な状態の保全》は目指さず多重人格性が観察される《こじらせ女子》になってしまいました。教育分析が不十分な状態でカウンセラーになって、そのように不幸な状態に陥ったものと思いますが、当人は意気揚々なのでしょうね。
公認心理師法システムは、教育分析を義務づけていないため、制度設計が根本的に間違っていたと言えます

https://bit.ly/SaseboJiken を引き起こした《アスペ》ラベリングをやる《発達障害論》者たちは、まさに《アスペ》ラベリングを行うことによって《客体》(=それ)扱いして、お子さま当人の《全人的な状態の保全》を蔑ろにして、人を殺しかねない攻撃性を持つ交代人格を育て、手に負えないからと放り出し…そんな生育歴を担わされた当人は女子高生になってから同級生の首を切り落とす事件を起こしました。このように「専門家」によって引き起こされた惨事が《アスペ》ラベリング事件つまりPTSD否認=レイシズム事件です。
https://ameblo.jp/aya-quae/image-12393733814-14236822917.html

「《観察主体》を手放させよう」( 

https://bit.ly/2BRHpyX  )とするのは自己形成を断念させようということですから、人非人がやる事です。それが発達障害論者の正体であり、当人の生まれつきが悪いと言うのですからレイシスト(=杉山登志郎)医師です。

「身体医であろうと精神科医であろうと《診察は全人的に行うことが必須》である」ことを故意に議論から外して遠隔診療AIに置き換えようという発想は、もちろん、人命軽視で来談者を《客体》扱いする六本木の発想です。
《客体》= “object for the governors of the system”

六本木 site:.ptsd.red – Google 検索
https://bit.ly/2F2MHgb

なかいきあかちゃんのカウンセラーも出来の悪いAIレベルと言えます。出来の良いAIであれば《なかったことにする》のはダメだという基本だけは外さないようにプログラムしてあるでしょうから、なかいきあかちゃんのカウンセラーや神田橋医師らよりもマシだと言えるでしょう。もし、無意識が関係なくて《あいだ》の調整だけで済む話であれば、集合的無意識の図

Jacobi site:.ameblo.jp/aya-quae/

 - Поиск в Google

は不要でビッグデータを押さえたAIが最善ということになるのです。ところが、ビッグデータを押さえたAIは世界の巷に溢れる人種偏見はじめ偏見も取り入れて自学自習を進める上に《人類共同体》の集合的無意識は共有していませんから、世界人権宣言を共有する《人類共同体》にとって有害なものになることは不可避でしょう。逆に言えば、世界人権宣言を共有する《人類共同体》の一員として生きる覚悟があるカウンセラーが人類社会レベルで普遍性のある深さの集合的無意識を来談者と共有しているときに限り、ビジネスコーチで終わらないカウンセリングが可能になるということです。

ヘルシンキ宣言でいう
“integrity of research subjects” を
「被験者の全人的な状態の保全」とは読解しないギョーカイは、
さらに
を進めて暴走しますね。

詳しくは、宜しければ拙記事でどうぞ。

https://ameblo.jp/aya-quae/entry-12438006369.html


皆さまも、お大事に。