「スイート・マイホーム」神津凛子(講談社)P338

容姿端麗な夫婦と可愛い娘、仲睦まじい幸せな家族がエアコン1台で家中隅々まで温かい〈まほうの家〉を建てた。素晴らしい家、理想的な家族、その内側にじわりじわりと浸食してくる何か。

家族を何かから守るため精神が崩壊していく実家の兄、幸せな家族に脅迫とも云える警告を送る謎の人物、身近に起きる不可解な死。ひたひたと背後から近づいてくる真っ暗で実体のない追跡者に追い立てられるようで、怖さが増幅するたび読むスピードは加速していく。

不実な人、行き過ぎる人、守る人、闇に潜む者。重なり合う何かが引き合うものなのか、与り知らぬ運命のいたずらか。土地の恐怖、人の深淵の不気味さが合わさり、項垂れるように読み手の瞳孔は真っ黒に染まる。人の欲望や寂しさに果てはなく、本当の温かな幸せに辿り着ける人がほんの一握りなのは自明の理であることを、ぐるりと開いて見せてしまう。

怪異とは人の禍々しき底から生まれ、育つものであり、行き着く先に見えるものは誰しもが深淵に抱え持つ自己愛の成れの果てなのかもしれない。