「ホットコーヒーを一つお願いします」

 

支払いを済ませコーヒーを受け取る。カップをテーブルにのせ座る。

 

 

俺は待ち合わせの場所にいた。昨日雪さんには会えなかった。誤解を解くこともできず、何も手につかなかった。彼女のことを思うと自分の不甲斐なさに情けなくなる。

 

 

 

 

 

あの後俺は公園でさくらをなだめていた。泣きじゃくる彼女に大丈夫だからと声をかける。すぐにでも雪さんのところへ行きたかったが、自分よりもさくらの心配をしていた彼女を失望させたくはなかった。ペットボトルの蓋を開けさくらへ手渡す。そこへ隆が息を切らして走ってきた。

 

 

 

 

 

「すまない、お前にしか頼めなくて」

 

「いや、俺に連絡してくれて良かったよ」

 

「状況は電話で話した通りだから。とりあえず今は少し落ち着いているから。あとは頼む」

 

「わかってる。こっちは大丈夫だから、その人は大丈夫なのか?」

 

「まだわからない。じゃ、俺行くから」

 

「あぁ、わかった」

 

 

 

 

 

さくらをもう一度見る。

下を向いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその場を後にし、雪さんに電話をかける。

 

 

出ない。

 

 

 

 

 

メールをするが既読がつかない。

どこにいるのかもわからずに俺は駅を歩き回っていた。またメールを送る。やはり既読がつかない。

 

 

 

 

 

しばらくしてメールが来た。

千佳さんからだ。

 

雪さんは動揺していて話せないから、今日はそっとしてあげて欲しいと。明日、話があるから会いたいと書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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早朝のカフェは、休日の朝の時間を有意義に使いたい人たちで埋め尽くされている。ほとんどが一人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自動ドアが開く。入って来たのは千佳さんだった。俺を見て手を上げた後、そのままレジへ行く。

 

しばらくして、コーヒーを手に前の席に座った。

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 

 

「おはようございます。昨日は色々とすいませんでした。雪さん大丈夫ですか?」

 

「うん、朝少し見に行ったけどまだ寝ていたから声かけてないの。」

 

「そうですか」

 

「その女性は大丈夫?」

 

「はい、友人が付き添っているので大丈夫です」

 

「そう、それで彼女とは・・・?」

 

「彼女は大学の同級生です。在学中に親しくなって、ずっと友人です。」

 

「んー、なるほど彼女の片思いってわけね」

 

 

 

 

俺ははっきりと答える

 

 

 

「はい、一年留学してて最近帰って来たんです。久しぶりに会うことになって、席を外した時にメールを見て約束の場所に来たんです。それで、あんなことになってしまって、すいません。」

 

「わかったわ。これで全部繋がったから。」

 

 

 

 

千佳さんは納得したように頷いて俺をみる。繋がったとは何のことだろう。。彼女は座り直したあと、俺の目をみて話をはじめた。

 

 

 

 

「ユイ君。今から話すこと、私が話し終わるまで黙ったまま聞いてもらえる?」

 

「はい、わかりまりました」

 

「これ、何かわかる」

 

 

 

 

 

千佳さんは、バックからキーホルダーを取り出してテーブルへ置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは・・・」

 

 

 

 

 

「やっぱり、これ知ってるんだ」

 

「はい、知ってます」

 

 

 

 

「ユイ君だったのね、飛行機の男の子は」

 

 

「どうして、、それを・・・」

 

 

 

「昔、雪がね、

図書館で可愛い男の子にプロポーズされたって言ってたのよ。

この飛行機のキーホルダーを私に見せて。

大きくなったら、その子は私を探してくれるんだって。

嬉しそうに話してくれたの。

 

 

その頃の雪は、

大学時代から付き合ってる彼がいて幸せだった。その数ヶ月後には彼にプロポーズされて結婚したわ。きっとその頃が一番幸せだったと思う。大好きな人と一緒になれたから。

 

 

でもその幸せは長く続かなかった。

 

 

 

 

結婚して一ヶ月も経たずに彼が事故でなくなってしまったの。それも、雪を迎えに行く途中での事故だったから、雪は泣き崩れて来る日も来る日も泣いていたわ。

 

 

彼はしばらく頑張っていたんだけど、

最後は力尽きて雪を置いて逝ってしまった。

 

 

 

 

その衝撃に耐えられなくて雪は倒れたの。

 

お通やも告別式も出ることができず、気がついたらそれまでの全ての記憶を無くしていた。はじめは可哀想だと思ったけど、わたしはそれで良かったのかもしれないと思うようになったわ。もし記憶が戻ったら、雪が耐えられるとは思えなかったから。雪は昔のことも彼のことも忘れていた。

 

もしも、

 

何か一つでも思い出したら、

全てを思い出してしまうかもしれない。

 

 

 

そしたら、あの悲しみをもう一度味わう事になる。

 

 

 

 

自分のせいで事故にあったと、

責め続けたあの日々を繰り返すことになる。

 

 

 

だからご両親は無理に記憶を取り戻そうとはしなかったの。それが雪のためだと思ったから。

 

 

 

でも、家に帰れば彼の痕跡はいたるところに残っているから・・・皆で考えたわ。雪のためになるようにと。

 

雪には、

結婚していたこと、彼が不慮の事故で亡くなったことだけを伝えたの。

ずっとみんなで協力して支えてきたわ。

 

 

 

蓮は、彼の弟よ。前に弟みたいだって言ったのはそういうこと。蓮もずっと一緒に支えてきた一人よ。

 

 

 

ユイ君、三年前に雪に会いにきたでしょう。その時の雪は、すでに図書館の男の子の記憶が消えていたの。だからキーホルダーを見せても覚えていなかった。雪は驚いていたでしょう。だって知らない男性が知らないキーホルダーを見せて覚えていますかって聞いてきたんだから。

 

男性のこと、雪は覚えていたわ。

 

でもね、その男性がユイ君だったとは想像もしていなかったの。

 

 

 

 

昨日あんな事があって、

三年前にユイ君に会っていたことを急に思い出した雪は、泣き崩れたわ。どうしてユイ君に気が付かなかったのかと、自分を責めている。

 

 

でもね、キーホルダーと

図書館の男の子の事は忘れたままなの。昔の記憶は封印されたままよ。

 

みんな、わかってはいるの。

いつか思い出す日が来るって、でもそれは今じゃないと思う。雪の中ですべてが解決したその時に、記憶が戻ってくれればといいと願ってるから。だからお願い、このキーホルダーはしばらくしまっておいて欲しいの。

 

 

 

三年前に雪からキーホルダーの話を聞いた時、あの男の子だって私にはすぐに分かったわ。だから、雪に連絡先聞かなかったの?って問いただしたら、笑って聞かないわよって言ってた。私、図書館に何回か探しに行ったのよ。もしかしたら会えるかもしれないと思って。でも探せなかった。

そしたら、蓮から飛行機のキーホルダーを付けた男性のことを聞いて、まさか・・・と思ったわ。その男性がユイ君だと知った時、

 

私は確信した。

 

 

 

あの男の子があなただって。

 

 

 

 

 

雪が言ってたの

『その男の子はね、唯一って書くんだけどユイって呼ばれてるの』

 

バーで雪から聞いた名前を思い出した私は鳥肌がたったわ。

あの時の驚きと喜びは今でも覚えてる。

 

 

 

 

もしかしたら、この男の子なら誰も入れない雪の心に寄り添えるんじゃないかって思ったの。雪に初めてプロポーズした男の子が、あれからずっと探し続けて、雪に会いにきてくれたから。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

思ってもみなかった出来事にただ呆然としていた。まさか記憶がないなんて考えてもいなかった。千佳さんが俺のことに、気がついていたことも知らなかった。彼女の言いたいことはわかっている。

 

 

 

キーホルダーによって昔の記憶が戻らないように協力して欲しいということ。そしてもし記憶が戻った時、彼女の側にいて支えて欲しいということ。俺の答えは初めから決まっていた。

 

 

 

「わかりました」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

その一言で、俺は千佳さんが背負ってきた重みを感じた。

 

 

 

 

 

 

「これからは、俺も協力します。だから、千佳さんは力を抜いてください」

 

彼女は笑いながら目をこする。

 

 

 

「雪をお願いね」

 

 

「はい、わかりました。もう一人で心配しないでください。」

 

「そうね、そうする。あーぁ、私もそろそろ恋しようかな?」

 

俺はつい聞いてしまった。

 

 

 

 

 

「千佳さん結婚してるんですよね、子供二人いて四人家族って聞きました。」

 

「あーあれね、私離婚してもう長いのよ。」

 

「えっ、離婚してるんですか?」

 

「そうよ、時々母が上京してくるから。まぁ時々、四人家族なのよ」

 

「なるほど、、この話、陸知ってますか?」

 

「子供のことは知ってるけど、離婚の話したかな?」

 

「たぶんしてませんよ」

 

「うーん、そうかもしれないね」

 

いたずらっぽい顔で笑う。俺は苦笑いする。

 

 

いつの間にか店内は、カップルや家族連れの楽しそうな声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍び寄るうつろいに太陽が月を隠す

 

少しずつ動きを早める

 

 

 

二つを結ぶ糸は七色

 

触れるば溶けて薄く細く

 

その美しい虹色を

 

太陽は月と共にさらう

 

 

 

 

まるで愛おしく撫でるように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪からメールくるまで少し待ってもらえない?もし週末になっても連絡なかったら、その時はメールしてあげて欲しい。頭の中を整理する時間が必要だと思うから。その女性のことはちゃんと話しておくからそれは心配しないでいいから。」

 

千佳さんは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

あの日から数日が過ぎていた。

 

 

 

 

今日は金曜日だ。

彼女から連絡はない。俺はメールをした。

 

さくらがしたことを謝り、さくらとの関係、そして三年前に会っていたのに黙っていたことを謝罪した。言わなかった俺が悪く、雪さんは何も悪くないしその事で悩まないで欲しいとお願いをする。セミナーで三年ぶりに会い、絆創膏をつけてくれた時は嬉しかった。その出会いは偶然だったとメールを送る。

 

 

 

 

 

三年ぶりの再会も、

 

 

 

 

この再会も偶然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、どちらも必然だったと今は思う。

 

彼女が俺を必要としたのは今だ。三年前の俺では彼女を支えることはできなかった。あの頃の俺は学生で考えも未熟で、社会での経験もなく、彼女に寄り添うことも、彼女の周囲を危惧することもできなかっただろう。今の俺だから、彼女の側にいれたんだとわかっていた。

 

 

 

彼女と会う事ができたのは、さくらのお陰だった。

会いたい人がいて探してることを知った彼女は俺に言った。「夜に行ってみたら?昼会ったのはたまたまかもしれないよ」その一言がきっかけだった。俺は夜に通い続けた。1週間ほど通いつめた頃、その日はバイトで遅くなりそのまま帰宅しようか迷いながらも閉館の三十分前に図書館へ着いていた。

 

 

そこで彼女をみつけた。

 

 

 

 

十四年ぶりの彼女は何も変わっていなかった。俺の記憶の中の彼女は歳月を経て少しおぼろげだった。現実の彼女を見た瞬間、記憶の中の彼女はコンプリートされ、高鳴る鼓動を抑えられなかった。

 

 

 

 

 

俺は出口で待っていた。彼女がきた。俺は近づいて声をかける。

 

 

 

「すいません」

 

彼女は立ち止まる。

 

 

 

 

「なにか・・?」

 

 

 

 

俺の目を見ていた。あの瞳だ、あの優しいお姉さんの目だった。俺はぼーっとしていた。その様子に気づいた彼女は声をかける。

 

 

 

 

「あのー。大丈夫ですか?」

 

 

 

 

俺は我に返る。慌ててリュックについている飛行機のキーホルダーを見せて聞いた。

 

 

 

 

「あの、これ覚えてますか?」

 

 

 

 

彼女は驚き、即座に答える。

 

「いいえ、知りません」

 

 

 

 

その答えに顔が強張る。頭の中は真っ白だった。俺の中でその答えがなかったわけではないが、聞くことになるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

「そうですか。。」

 

 

 

ショックを隠せなかった。だがこのまま引き下がれない俺は更に聞く。

 

 

 

 

「あの、あと一つだけいいですか。今、幸せですか?」

 

 

 

彼女は目を見開いてこっちを見ている。予想してなかった質問に驚いているようだ。

 

 

 

「えぇ、幸せだと思います」

 

と微笑む雪さんの笑顔は本当に幸せそうだった。これ以上、何も聞く必要がなかった。

 

 

 

 

「そうですか、良かった。急に話しかけてすいませんでした。どうか、ずっとお幸せに。」

 

 

 

俺は顔を隠すように微笑んで頭を下げる。彼女に背を向け歩き出す。

 

 

 

 

全てを失った瞬間だった。

 

 

 

 

十四年想い続けてきた初恋が、今終わった。

 

 

 

 

 

予想できた結果なのに、覚えていると確信していた俺がいた。その日以来、何も手につかなかった。授業を受けても何も入ってこない日々、全てを投げ出していた。毎日のように飲んでは、朝遅れて授業を受ける。そんな生活が数ヶ月続いた。あの頃の生活は今思い返しても最悪た。その様子を耳にして心配したさくらが声をかけるが、俺は無視をする。陸が家に来て片付けをしたりご飯を買ってきたりと世話をしては、帰って行く。すべてどうでもよかった。そのまま、みんな俺を忘れればいいとさえ思った。

 

 

 

 

時が過ぎ、

そんな生活に疲れた俺は、ゆっくりとだが自分を取り戻しつつあった。彼女以外の全てが元に戻ったある日、教授が外部セミナーを勧めてくれた。俺は気乗りしなかったが、卒業を半年にひかえ時間を持て余していた。まさか、そこで雪さんに再会できるなんて夢にも思ってもいなかった。

確かにこの再会は偶然だった。

 

 

 

だが、それは必然だったに違いない。

 

 

苦しんだ時間その全ても必然だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

雪さんからメールが来た。

 

今どこにいるかと聞かれ、俺は家だと返事を返す。

自宅に行きたいから住所を教えて欲しいという。俺は会いに行きますとメールするが、頑なに自分が行くという彼女に負け最寄りの駅と住所を知らせる。

 

 

 

 

 

駅に迎えに行くつもりだった。

電車に乗る前に連絡して欲しいとメールをする。まだ連絡がない。ザーッと音がした、俺は慌ててカーテンを開ける。外は雨だった。鍵を取り携帯を手にしたその時、チャイムが鳴った。まさか、、と思いつつもボタンを押す。画面には彼女が映っていた。俺は慌ててドアを開ける。そこには濡れた雪さんが立っていた。

 

 

 

 

 

「雪さん、迎えに行こうと思っていたんです・・・」

 

「わたし・・メールするの忘れて。歩いていたら急に雨が降ってきてしまって」

 

全身濡れていた。黒のブラウスが透けている。目の遣り場に困り視線をそらす。

 

 

「どうぞ入ってください。今タオル持ってきますから」

 

彼女は靴を揃え小さな声で「お邪魔します」と歩きだす。タオルを2枚手渡す。彼女は「ありがとう」と言い一枚を肩にかけ、もう一枚で髪を拭く。とても拭くだけでは無理そうだった。完全に濡れているからだ。雨に打たれながら道を探した様子が目に浮かぶ。

 

 

 

 

「あの、風邪ひきそうなので僕のでよければ洋服持ってきますけど・・」

 

彼女は、迷わず答える。

 

 

「すいません、お願いします」

 

寒そうな彼女にTシャツとパーカーを手渡し脱衣所へ案内する。

 

 

 

俺はコーヒーを入れる。着替え終えた彼女は恥ずかしそうにそわそわしてこっちをみている。ダボっとしたパーカーが似合っていた。カップをテーブルへ置き彼女に声をかける。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

カップを包み込むように握る。

その仕草が可愛いかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒くないですか?」

 

「少し・・だけ」

 

「ちょっと待っててください」

 

俺は席を立つ。寝室へ行く。

 

 

 

 

 

お洒落な部屋。黒とグレーで統一されている。でも暗いイメージはなくて、シックで上品。ユイ君ぽいと思う。物が少ないのは私と同じだわ。空間を意識している配置がいい。

 

あぁ・・この香り好き。少し甘い感じ、バニラ?かな。パーカーはユイ君の香りがする。壁にかかってるリュックがディスプレーのようにカッコいい。清潔感のある部屋でなんか安心する。

 

 

 

 

 

「これ、膝にかけてください」

 

小さなブランケットを受け取る。

 

 

「ありがとう。素敵な部屋ね」

 

「物が少ないだけですよ」

 

 

 

そう言って笑う。よく見るとユイ君はスーツのままだった。そのまま待っていたんだわ。私が連絡しないから。

 

 

「あの、帰ってきてそのままでしょう。待っているのでお風呂入ってきてください。私濡れたからタクシーで帰ろうと思ってるの。帰りは大丈夫だから。」

 

彼は少し考える。

 

「じゃお言葉に甘えて入ってきます。すぐ出てきますから。ソファーでくつろいでいてください。テレビつけておきますね。」

 

 

 

 

私はコーヒーを持ってソファーへ移動する。

 

テーブルの上のリモコンを取りチャンネルを変える。歌番組で手が止まる。懐かしい曲が流れていた。『変わらぬ想い』大好きだった曲、昔何度も繰り返し聞いていた。やっぱりこの声好き。今聞いても心地よく耳に入ってくる。その歌声に私は目を閉じた。

 

 

 

風呂から出た俺は、冷蔵庫から水を出す。雪さんはテレビを見ている。飲み終えコップを流しへ置いて、彼女に近づき声をかける。

 

 

 

「雪さん?・・・」

 

 

 

彼女はソファーに座ったまま目を閉じていた。寝ているのかわからない。起きているような・・・俺はゆっくりと隣へ座る。テレビからは森本涼の曲が流れていた。コトンと肩に頭があたる。寝ている?顔を覗き込む。わからない・・・次の曲が流れる。すると、小さな声で彼女が言った。

 

 

 

「・・ごめんね・・」

 

 

 

 

 

俺は慌てる。

 

「雪さんは何も悪くありません。僕が謝らないといけないんです。あの日は本当にすいませんでした。」

 

 

彼女は目を開けてこっちを見る。

 

「それはもういいの、ちゃんと聞いたから。」

 

 

 

 

その目には涙が滲んでいた。

 

「気がついてあげれなくてごめんね。どうして思い出せなかったのか・・本当にごめんなさい」

 

彼女の瞳から涙がこぼれる。

 

 

 

 

「僕が言わなかったのが悪いんです。だから、雪さんは何も悪くありません。」

 

「そんなこと・・」

 

「そうなんです。今回のことも、三年前のことを話さなかったことも全部自分が悪いんです。雪さんが胸を痛める必要はありません。だから、もう泣かないでください。」

 

下を向いたまま両手で顔を隠す彼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間

 

 

 

俺も彼女もただ座っていた。

 

前を見ていた。

 

テレビの画面を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

二人は言葉にしなくてもわかっていた。隣にいるだけで安心できて心が温まることを。ずっとこのままでいたいと、ただ側にいたいと・・。

 

 

 

 

 

彼女は俺の肩にもたれかかる。ゆっくりと俺の腕を抱きしめる。この感じ・・あの時と同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何も要らなかった。不安、悲しみ、寂しさはどこかへ消え、安心、幸福、恵愛が溢れだす。ふたりにとって、今のこの時間が幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽は月と共に七色を隠し

 

運命の歯車は止まる

 

 

ゆっくりと戻り始めた

 

 

細く切れそうな七色を炙り出すように

 

耳障りな音をだし

 

少しずつ速度を早めながら

 

着実にその時が近づく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、『キス見えなかった真実』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第11話「キス見えなかった真実」

 

 

添付・複写コピー・模倣行為のないようにご協力お願いします。毎週金曜日連載予定。

誤字脱字ないように気をつけていますが、行き届かない点はご了承ください。

 

 

 

新作「シーククレットバケーション」

 

 

僕の手は君の第1話から