いつ呑みに行った?
コロナが収まったコロナはいつコロナ?
人間の対応能力は侮れない。
自由を奪われることが拘りを凌駕してしまう。
あんなに拘ってた意義さえもクリアにしてしまう。
そんな時でも拘りたいことは何なのかな。
生きている「証」を見つめ直す機会を与えられたのかも、しれない。
恐るべしコロナ。
では、考えてやろうか。
与えられた時間は果てしなく長い。
いつ呑みに行く?
コロナが収まったコロナ。
考えなきゃいけないコトは山積みですな。
みんなで生き長らえよう。
ここまで見ない、見えないフリをしてきたアレ。
少なからず飲食業に携わった者として、興味も関心も持つことさえ禁じてきたアレ。
何十年分の「アレ振り掛けりゃ、そこそこ美味い」は、噂通りでした。伝説通りでした。
諦めざるを得ないモノって、あるよね~。
「クレイジーソルト」恐るべし。
亜流の「マジックソルト」も恐るべし。
文字で人に何かを伝えることは、なかなか難しくて。様々なガジェットで読んでもらえる、と思い込んだら改行ひとつとっても悩ましいことであります。そんな思いが、このブログの更新を滞らせてる要因かというとそんな言い訳ではありません。
何か思うことがあれば書く、そのタイミングがいつ来るのか。
それ次第、だけのことです。
東野圭吾の「あの頃ぼくらはアホだった」を読んでる中で、ゴジラ映画の思い出が事細かに描かれていたのに触発されて自分の映画話を記憶&記録として残したいと思います。とはいえ、小学生3,4年生辺りまでの記憶って正直曖昧で。
果たして本当の記録になりうるのか怪しいもんです。
さて、初めて映画館に連れて行ってもらったのは、記憶の限りでは、たしか4,5歳頃の「宇宙戦艦ヤマト」だったかな。大人になった今と変わらず、映画館は寝るとこの認識で、オープニング前に掴んだはずのアーモンドチョコが、エンドクレジットで起きた時にベトベトで残ってました。
その後、ハイソな両親が熱心に映画館へ連れて行ってくれたことで、僕はかけがえのない趣味を得るのでした。でも、当時は誰もが映画館に足を運んでいたし、テレビでは毎週何かしらの映画が放送されていたので、「映画鑑賞が趣味」というのは僕の世代では当たり前なのかな。
で、あの衝撃作「E.T.」の登場である。
ぎゅうぎゅう詰めの映画館の中、やっと確保できた階段通路に座って観た記憶があります。サンタクロースをまだ信じていた小学校3年生の僕は、未知なる地球外生物の映像をドキュメンタリーと信じて疑わず、ただただ感心しながら観入っていました。パンフレットに載っていたETとスピルバーグのツーショットは、ETが実在する生物だと確信するのに十分過ぎるほどリアルでした。家に帰っても興奮収まらぬ僕は、ダイジェスト版の漫画を書き残しました。今度、実家で探してみようか。
「南極物語」を観たのは、小学校4年生だったか。今でこそ、素晴らしい感動実話(?)として観られるけど、当時はその日本すぎる日本映画を素直に受け入れられなくて、その後の洋画かぶれに拍車をかける作品となりました。ま、サントラのヴァンゲリスとは後々のプログレ繋がりで再会するんだけどね。
そして、あの「E.T.」から2年。
未知なる地球外生物がまたやってきた。「グレムリン」登場!クリスマスには、本物のグレムリンが手に入るかも・・・と本気で期待していました。小学校5年生にもなって。なんて純粋な子供だっだことか。グレムリンを飼う際の掟と最後のナレーションを頭に叩き込んで、ぶつぶつと暗唱してましたよ。
この頃、奇跡的に出会った映画オタクの友人の影響から、雑誌「スクリーン」を毎日眺め、偏った趣味のチラシをひたすら集め、怪しいC級映画にズブズブとはまり、いよいよおかしな方向へ向かいます。
感動覚めやらぬ「グレムリン」から1年。
近未来をドラえもんに託していた小学校6年生に、次世代の指針が訪れます。身近な車でタイムスリップしちゃう「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の体感度をどう文字にできるのでしょうか。世界にこれ以上のワクワクを求めるのは、未来には到底無理かもしれない。デロリアンは、生涯夢見る男子の憧れ。
あら、丁度今CMで「パワー・オブ・ラブ」が流れてた。懐かしい~。
小学生の頃は、流行の歌謡曲に全く興味がなく、とゆーか全く入口を知らず、クラシックばかり聴いていたけれど、映画音楽界はジョン・ウィリアムズがハリウッドで大暴れしていたこともあって、派手なBGMは映像と共に重要なファクターでしたね。でも、映像と共にないサントラって暇な音楽だよね、実際。
しかし、当時の同時上映ってば贅沢でしたねぇ。「グレムリン」と「ゴーストバスターズ」やら、「バックトゥ」と「グーニーズ」やら、濃い洋画を4時間もぶっ通しで観たら疲れちゃうね。ま、映画館へ行くというのは、そんだけ一大イベントでもあったんだけどね。
そして、親の作品チョイスに飽き足らなくなった迷走小学生は、6年生の最後に観た「バタリアン」をきっかけにホラーに傾倒&陶酔してゆくのであります。昨今の痛々しいサイコホラーでもなく、小難しいサスペンスホラーでもなく、ただただ脳ミソからっぽなグチャグチャ&ドロドロなホラーに。当時は、何かしらのホラー映画が封切りしていたし、あの事件が起きるまでは、深夜のテレビ映画は決まってホラーがやってましたからね。あと、ジャッキーね。
中学校以降は、グチャグチャとアチョーをベースに、よりC級を追い求め、怪しい異国モノに手を出したり、ほぼ無声な陰鬱邦画をかじってみたり、たまに王道ハリウッドで息抜きしたり、とにかく雑食極まりなく映画館ライフを堪能し続けて今日に至っております。
一生物の趣味を与えてくれた親への感謝と、この先も変てこな映画がたくさん観られることを期待して今回は閉幕といたします。今回記録できなかった数々の名作&迷作は、またそのうち。
「A Happy New Year !」 の 「A」 は、英文法的に不要みたいですね。でも、日本人は 「あけまして~」 の 「あ」 を英語の 「A」 と揃えてる意識があるんじゃないかなぁ、と思ってます。きっと、 「A」 は無くならない気がします。
昨年末、年賀状の印刷を終えた途端PCがダウンしましてね。年を跨いだ修理が完了して、やっと戻ってきました。ほぼ修理不可って脅されて、次のお供を探してたんですけどね。しっかし、デスクトップって人気ないのね今時。仕事とゲームの需要に向けた商品ばかりで、迷う幅が全然ない。
ま、直ったから今回は見送りです。廉価なPCは使い捨て、と改めて実感した年明けでした。溜まってた大量のメールの中に、旧友からの年賀メールを発見!嬉しいね、生きててくれて。今年もよろしく。
で、2017年の初観映画は 「ローグワン」!やっと観れたぁ。一応、実写版は全部観てるけど決してファンぢゃありませぬ。エンドアにイウォーク族が何匹いるかも知らんし、そもそもイウォークが 「匹」 単位なのか知らんし、イウォーク語が日本語っぽいなんて知らんし、ファンだなんて恐れ多い限りでありまする。10代に頑張って小説読んだけど意味分かんなかったなぁ。
で、結局めちゃくちゃ面白かった。やっぱ、アホSFはこのワンパターンでなきゃね。我が息子が、パトカーのおもちゃを延々と眺めまわしてるのと同じだわね。「これぞSW!」 な文句なしの作品でした。あくまでファンぢゃありませんけど・・・。
さて、今年はどんな一年になるんでしょう。僕も嫁も、東京の記憶は少しずつ薄れていきます。大切なとこだけ、思い出したり懐かしんだり戻りたかったり。どうか平和な世の中が、少しでも永く続きますように。
また次回。
諸々の事情があって、2年単位で携帯電話を買い替えてます。「新しいモノ好き」と「慣れたモノ手放せない」の狭間で葛藤しながらも、2年経つと新機種へ移行するシステムを組んであります。で、愛用してるSONYエクスペリアを、現行機種に替えましてね。エリクソン名義だった10年近く前のWindows搭載初号機からスタイリッシュな姿勢を崩さずに「エクスペリア」ブランドは生き残ってます。
もうね、進化させる部分ないです、正直。単体のガジェットとして、文句なしです、正直。2年経ったら替えますけどね、諸々の事情で・・・。
で、そんな「スマホ」ですが。日本で生きる人間にとって、随分重要なモノになりましたね。IT進化と運用整備に、実に欠かせないつーか、無いと不便つーか。でも、そろそろ方向転換しましょうか。スマホありきなITの発展は、有効性を考慮して残しましょうか。プライベートのスマホ利用を止めましょうか、そろそろ。
人が死に始めましたんでね。
ポケモンに熱中したら人が死ぬ、ってなかなかの構図ですよ。
ポケモンに熱中しないシステムを作るのが重要なの?
ポケモンに熱中できないシステムを作るのが重要なの?
ポケモンで人が死なない環境は作れないのかなぁ。
スマホという便利なガジェットで、いかに儲けるかよりいかに人が死なないか考えた方が、きっと救われると思う。故意でないにしろ、人を殺めたポケモン事件の判決内容が余りに不思議でしてね。