君は生き延びることができるか - 書評 - 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 | 知磨き倶楽部 ~ビジネス書で「知」のトレーニングを!~

君は生き延びることができるか - 書評 - 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法


「残酷な世界」と言われたときに、すんなりと現在の僕らの生きている世界を連想できてしまうところに、個人的には空恐ろしいものを感じざるを得ません。
なぜ「残酷な世界」という言葉に違和感がないのだろうかと考えてみると、ワーキングプア・ホームレス・過労死・うつ病・孤独死・自殺や陰湿ないじめなど、凄絶な世界が周りに溢れ、いつ我が身に降りかかるやもしれないところに広がっているという不安を、意識させられているからだと思います。

そんな「残酷な世界」で生き延びるたったひとつの方法と聞いて食指が動かないはずはありません。
発売直後にTwitterでフォローしている書評ブロガーや出版・書店関係者の方も絶賛していましたし、実際、評判に違わず「面白い」本でしたが、読み方には少しばかり注意が必要かもしれません。

例えば、僕らは「残酷な世界」で生き延びようとして「自己啓発」に励んできたという面があることは否定のしようがありません。
グローバル社会の進展と、同時に広がる先行きに対する不安が僕らをかつてないほどに自己啓発へと向かわせているようにも思えます。
そのようにして取り組む自己啓発ですから、その前提にあるのは「やればできる」という考え方であり、多くの人がそれを信じているはずです(誰もが「やればできる」と信じているのか、自分だけは「やればできる」と信じているかは分かりませんが)。

それなのに、橘さんその大前提を否定するところから始めます。
勘のいい読者ならお気づきかもしれませんが、スケープゴートに挙げられるのは『やればできる―まわりの人と夢をかなえあう4つの力』の勝間和代さんです。

「やってもできない」を前提にすべき: 適性に欠けた能力は学習や訓練では向上しない。「やればできる」ことはあるかもしれないけれど、「やってもできない」ことのほうがずっと多いのだ。(p.36)
 もしもぼくたちの人生が「やればできる」という仮説に拠っているならば、この仮説が否定されれば人生そのものがだいなしになってしまう。それよりも、「やってもできない」という事実を認め、そのうえでどのように生きていくのかの「成功哲学」をつくっていくべきなのだ。(p.37)

橘さんは、何も勝間さんだけを叩いているのではなく、「やればできる」という思想を前提にした自己啓発そのものを否定していきます。
でもね、ちょっと待ってください。
勝間さんをはじめとした多くの自己啓発本でも、「やればできる」なんて単純なことは言っていなくて、自らの得意な分野、勝負をかけられる分野を見つけて努力すれば、という前提条件がついているわけです。
普通に考えれば当たり前ですが、一般のビジネスパーソン向けの自己啓発書で、「やれば何でもできるから、今からプロゴルファーを目指して一攫千金も可能だ!」なんて言ったら誰も読んでくれないでしょう。
みんな「適性のある分野で」という大前提を共有した上で読んでいるはずなんです。

しかし、橘さんはその文章力で一気にそうした世界に僕らを引きずり込もうとします。
実はこれ、橘さんお得意の手法でもありますが、「極端な引用や事例を用いた意図的なミスリード」を狙っていると思います。
(もちろん、橘さんの書かれている内容に対して懐疑的な見方をしているからそう見えるのではないか、という逆のミスリードもありえるわけですが、基本的には過去の作品やブログでの記事にも垣間見える点なので、意図的に書かれているのだと思っています。)
勝間さんは、ご自身のブログで「橘さん、「やればできる」を正直、通読していないのではないか」と書かれていますが、僕は、通読した上で確信犯的にこうした議論を展開されていると思っています。

まあ、こうした点も橘さん一流のテクニックでもありますので、それをひっくるめて「面白い」と僕は思いますが。
たまたま自己啓発に関する箇所なので、僕もこの部分は注意深く読めました。
しかし、本書でかなりのウェイトを占める「遺伝学」のような話になると、どこまでそのテクニックが使われているのか判別がつけられませんので、紹介&感想は差し控えておきます。
ただ、使われているエピソードや導かれる結論など、かなり面白くなっていますし、ノンストップで読み進められます。

さて、後半になると「評判経済」を前提に、残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法が明らかにされていきます。
多くのブロガーの方がネタバレ自重している中ですが、まあ気にせずぎりぎりまで見ていきます。

評判獲得ゲーム: 日本的経営とハッカー・コミュニティは、「評判獲得ゲーム」という同じ原理を持っている。(p.227)
 でも、両者には大きなちがいがある。
 世間から隔離された伽藍(会社)のなかで行なわれる日本式ゲームでは、せっかくの評判も外の世界へは広がっていかない。それに対してバザール(グローバル市場)を舞台としたハッカーたちのゲームでは、評判は国境を越えて流通する通貨のようなものだ。(p.227)

そうか、「日本的経営」という単語はどこか古めかしい印象がしていたのだけれど(まあ、ここでも決して肯定的な意味では使われていませんが)、サイバー社会を生き抜く人たちと同じ原理で動いているなんて、目から鱗の発想です。
本書ではこうした「そういう見方があったか」と思うような面白い視点が随所に出てきます。
先ほど長々と述べたような意図的なミスリードを狙っているようなところはありますが、それを差し引いても本書を読む価値があるのは、そうした点だと思います。

ここで登場した「伽藍=閉じた会社社会」と「バザール=開かれたグローバル・情報社会」という構図が、本書のテーマである、残酷な世界を生き延びるたったひとつの方法の肝でもあります。

FREE経済の中で: 自由(フリー)で効率的な情報社会の到来は、すべてのひとに自分の得意な分野で評判を獲得する可能性を開いた。だったら幸福への道は、金銭的な報酬の多寡は気にせず(もちろん多いほうがいいけれど)、好きなことをやってみんなから評価してもらうことだ。(p.251)

このあたり、ベストセラーになった『フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略』などで紹介されている社会、考え方が共有されている前提でないと分かりにくいかもしれません。
※ 本書を読んでいただければ順を追って、同書の内容についても触れながらここまで到達するので、理解は容易いとは思いますが。

好きなことで勝負する: 能力があろうがなかろうが、誰でも好きなことで評判を獲得することはできる。だとしたら必要なのは、その評判を収入につなげるちょっとした工夫だ。(p.251)

さて、何となく橘さんが教える「たったひとつの方法」が見えてきましたでしょうか。
伽藍を捨ててバザールに向かえ! 恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!」を読み解く鍵を、あと少しだけ紹介していませんが、そこは本書でご確認ください。

そして、僕もちょっと構成上気をつけてきたわけですが、お気づきいただけたでしょうか。
本書も251ページ目と途中で休憩を入れたりすれば、最初の方に読んだことの記憶が怪しくなるような箇所に差し掛かっていますが、ここで言っていることは「やればできる」発想に他ならないと思いませんか?
「やってもできない」という事実を認めて、その上で行動するのであれば、たとえバザールでも評判は獲得できない、という結論になるのが普通の人の考え方でしょう。
そう、多少の前提条件は違っているかもしれませんが、基本的には「自分が相対的に優位な状況(それがたとえ超ニッチでも)で勝負すれば必ず勝てる」という発想は、世に溢れる自己啓発本と同じ主張ではないかと、僕には思えます。
(念の為に言っておきますと、それ自体には特に反対する気はありません。)

繰り返しますが、本書は「面白い」です。
結論をどう考えるかと言うよりも、全体の至るところに出てくる、橘さん独特の世の中の見方・視点を感じることが、自分の教養や視点を広げるのに役立つことだろうと思います。


■ 関連リンク

著者公式サイト: 橘玲 公式サイト


■ 基礎データ

著者: 橘玲
出版社: 幻冬舎 2010年9月
ページ数:263頁
紹介文:
伽藍(がらん)を捨ててバザールに向かえ! 恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
橘玲
幻冬舎
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【書評】貧乏はお金持ち (2009年7月7日)


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【書評】やればできる (2009年12月12日)
【書評】FREE (2) (ブログDE読書会 to スマイルシグナルさん) (2010年1月21日)


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金融日記:
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法、橘玲
マインドマップ的読書感想文:
【問題作?!】『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲
日々の生活から起きていることを観察しよう!!:
「やればできる」と「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」は実はかなり似ていることを言っているのではないでしょうか?
知識をチカラに:
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘玲(著)
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残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 橘玲(著)
オタキングex公式サイト:
【公開読書】2010.10.16 『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』まとめ
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成長にもっとも影響をあたえる事は!?:残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
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残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法