一番古い記憶は幼稚園くらいのころで、当時、病院が家から遠く、夜中にもたびたび発作が出ていたので、病院近くの親戚の家に預けられた事がある。
朝な夕な発作を起した私を病院へ運んでくれた親戚夫婦には、今も感謝で一杯だ。
特に症状が重い夜などは、入院設備など無い小さな医院にもかかわらず、先生が泊めてくれた。
当時の私は医者嫌いだったらしく、どんなに症状が重くても家に帰りたがったそうだ。
田舎に戻ったのを機に、当時お世話になったM先生に会いに行こうと思い、手土産を買って、その小さな医院を目指した。
もう随分昔の事だったし、まだその場所にあるのかな。
それとももう、引退していらっしゃるかな・・・?
そんな私の不安を他所に、かつての姿そのままにM医院はそこにあった。
おそるおそる扉を開けると、中は人で一杯だ。
お年を召した方が多かったが、子供や若い方もちらほらいて、まさに地域医療の最前線といった感じ。
そういえば、このあたりは一向に病院が増えない。
M先生は、今でも元気でこの町の人たちの健康を見守ってらっしゃるのだろうか。
ああ、なつかしいにおい。
病院特有のにおいというのがあるけれど、それぞれの病院でやっぱり違う。
そんな感慨にふけりながらも、ふと困ってしまった。
診察を受ける理由も無く来てしまったけれど、待合室の混雑振りを見るに、ただの個人的な挨拶なんて邪魔ではないかしら。
スリッパも履かずにそんな事を考えていると、受付から声が掛かった。
「あら、axhighちゃん!?」
思わず中を見ると、なじみの看護婦さん(この方は、先生の奥様でもいらっしゃる)が、私を見つけてくれた。
「はい、ご無沙汰しております。それにしても、よくわかりましたね~・・・。」
忘れるわけ無いでしょ、あなたはここで育ったようなものだから。そういって、笑った。
奥に向かって、ちょっと、axhighちゃんが来てるわよ、と言うと、当時は若かった(失礼、無論今でも十分若々しい)看護婦さんが二人ほど来てくれて、再会を喜んでくれた。
東京から戻ってきたこと、今日は診察ではなく挨拶に来たこと、でも、お邪魔なら出直します、と言うと、折角だから診察受けていきなさい、と言う事になった。
ふしぎなもので、ここの待合室にいると昔の不安を思い出す。
誰も居ない真っ暗な夜のこの場所に、一体何度担ぎ込まれたことだろう。
やがて私の番が来て、診察室へと入った。
いやはや、驚いた。
M先生と来たら、記憶の中の姿と、何も変わっていなかったのだ。
もう随分とお年のはずなのだけれど、オシャレな姿も、落ち着いた声も、ク-ルな微笑みも、何ひとつ変わっていないのだ。
それでも話を聞けば、一度、喉頭ガンで手術を受けられたそうで、その時に引退を考えたのだそうだ。
ところが、閉めたはずの医院に毎日患者がやってきて、先生の診察を希望するのだそうな。
この辺りには他に病院も無く、お年よりの方々や、病気に掛かった人達には、遠出は辛いもの。
そこで先生は病院を再開し、この小さな、かつての漁師町で、八面六臂の活躍をされていると言う次第だ。
名医、といわれている人たちにはいろいろなタイプがある。
手術の名人、新しい治療法を開発する人、救急医療で働く人。
そんなタイプとは違うけれど、しかし、このM先生は、間違いなく「名医」だとおもう。
町医者にしか出来ない事、その事を、ひたすら正直に貫いてきた医者人生なのだろう。
私の血圧を測るM先生の顔は真剣で、相変わらず頼もしい。
ただ一つ、この先生の診断が間違っていたのは、私が元気に(たとえ病気がちだとしても)成人になったこと。
でも、そうしたのも、間違いなくこの先生だ、と思うのだ。