ででん!(効果音)
なお、脳内で稲川順二の声に変換してお楽しみください。
・・・・これは、私がある会社の事務所で経験したお話なんです。
ある日、緊急のお仕事が入りまして、どうしても明日の朝十時までに納品をしなくっちゃならないと言うのがありましてね。
忙しい仕事で、普段でも事務所の中に夜遅くまで残っている人が居るものなんですが、その日に限って誰も残っていなかったんです。
それで、私が引き受ける事になりましてね。
まだそのお仕事を始めて間もないころでしたから、間に合わそうとして必死にやりましたよ。
それで、真夜中三時ごろでしたかねえ。
私一人で、ヘッドフォンで音楽を聞きながらやってたんですが、事務所の入り口から、「axhighさん?」って、私を呼ぶ声がするんです。
私の机と言うのがL字に曲がった事務所の奥のほうにありまして、入り口は見えないんです。
「は~い。」
私、返事して見に行きましたよ。てっきり、仕上がり具合を確認にきた製作部の人だと思いましてね。
でも、考えてみたらそれを発注した人だって顔見知りだし、何も入り口で呼びださなくったっていい。
私の机までくりゃいいんですから。ちょっと不信には思いましたよね。
まあ呼ばれたものは仕方が無い、私、見に行きましたよ。
ところが、入り口は閉まったまま。誰も居ないんですよ。
念のため扉を開けて確認してみましたけど、誰も居ない。
おかしいな、と思いましたが、締め切りが迫っていますからすぐ机に戻って仕事しましたよ。
そうしたら五分と経たないうちにまた「axhighさん?」と聞こえるんです。
ああ、今度こそ、と思って私「は~い」と返事して出て行きましたよ。
そしたら、また誰も居ない。
流石にちょっと無気味になりましたね。
当時仕事をしていた会社、そこは有名なところで、名前を出せば皆さんご存知の方も多いと思うんですけれど、その知名度にもかかわらず私の居た建物って言うのが信じられないくらい年代物でしてね。
狭い通路が入り組んだ迷路みたいになってますし、殆ど廃墟みたいになってる個所もあって、当時からいろんな噂がある建物だったんです。
入り口に置いてある大きな人形の首の向きが変わるだとか、自動販売機の上の狭い空間にこっちをじっと見ている人が居るとか。
まあ、よくある他愛無い噂なんですが、ちょっと気味が悪くなりましたよね。
それで私、事務所の奥にある窓を、大きく開けたんです。気分を変えようと思いましてね。
じゃっ、とカーテンをあけてカギを外し、ラララララッ、と勢い良くあけたんです。
そうしたら。
まっくらな闇の中、しろ~く浮かんでるものがあるんです。
最初は何だかわかりませんでしたよね。あれ、なんだろな、って思って、良く見てみたんです。
それ、手だったんです。
手首から上の人間の手が二つ宙に浮かんでまして、まるで何かをつかもうとするかのように、助けを求めるかのように、段違いに空中に二つ、ぽつ~んと浮かんでるんです。
私、ドキーッとしまして、慌てて窓を閉めましたよ。
それでも、仕事はやんなくっちゃいけない。締め切りが迫っていましたからね。
びくびくしながら、仕事やりましたよ。
ヘッドフォン外して、部屋に音楽を流しながら、それでも何とか明け方には終えることができましてね。
何とか終わって一息つきまして、昨日のアレは一体なんだったんだろう、と思いましたよね。
外も十分明るくなりまして、早い学生達が窓の外を歩いていく声なんかが聞こえましたから、私、思い切って窓を開けてみたんです。
・・・・・私、見てしまったんですよ。
ブロックの塀から真っ直ぐに突き出た、さびた鉄筋の上。
その鉄筋の上に干してあった、白いゴム手袋を。
全く上手い具合に、何かをつかもうとするような感じで干されていたんです。
・・・・・・そんなふしぎな体験を、しましたね。
まだ、駆け出しの社会人だった頃のおはなしです。