てざわりの記憶 -26ページ目

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

モノを創る、と言う行為は子供じみた行為だ。

「じみている」と言うのが大切で、「じみる」にはやっぱり当人が大人でなければならない。

突飛な発想はそれだけでは形をなさないし、それを形にするのは発想力ではなくて創造力だとおもう。

発想力はどうしたって子供にはかなわないけれど、創造力は大人の力だ。

そう言う意味かどうかはわからないけれど、モノを創っている友人の中には、子供が苦手、と言う人がわりとおおい。

発想力を高めるには心が自由でなければならないから、突飛で、孤独で、わがままで、言う事を聞かず、素直で傍若無人、なおかつそれを自然に振舞おうとするなら、これはもう、どうしたって子供にかなうわけが無い。

そう在ろうと努力している人の前に子供なんか出したら、それはもうあまりの崇高さに太刀打ちできなくなってしまって、途方にくれてしまうのだろう。

彼らが子供は苦手、と言うのはきっとそういう事なのだ、と私は考えている。

言うまでも無く子供は愛されるべき存在であるし、実際、愛らしい。

子供に辛く当る大人と言うのは、大人の格好をした子供であるからなのだろうと思う。

本当は、子供の自分をさらけ出して、まさに子供のように振舞いたいのだけれど、いい年なのでそれも出来ない。そこに目の前で自由気ままな子供に居られたら、羨ましいやら嫉妬やらで怒鳴ってしまうのだろう。

子供「じみる」事は大人にしか出来ないし、それは自分の未熟さをさらけ出す行為では決して無い。

大人として、堂々と子供「じみ」たいものだ。

それこそ「少年のこころ」(無論、少女のこころでも良い)と言われているものなのだろうから。

先日、といっても少し前の事なのだけれど、久住高原に行ってきた。

何をしに行ったかというと、何の事はないわらび採り。

母が知人から聞いたと言うわらびの群生地を求めてやってきたのでした。

高速を使って二時間、目的の場所は果たして素晴らしいところだった。

そこは大学の研究室の人たちがグライダーを飛ばしている草原で、広くて短い草がずっと大地を覆っていて、雲に手が届きそうな気がする場所。

たぶん大学が所有しているか借りているかしている草原で、よく見学の人たちが来るらしい。

滑走路なんかなく、グライダーは短い草の上にすべるように着地する。

要は、その滑走路のある草原がわらびの群生地だったのだ。

入り口(ゲ-トがあるわけでなく、ただ椅子に座った学生さんがいる)で見学でしょうか、と聞かれて、いいえ蕨採りです、と言うのはすこし気恥ずかしかった。

離着陸の時は学生さんたちが声を出して、滑走路の安全を確保する。まあ、もちろん滑走予定の近くで蕨を採るようなまねはしないのだが、はじめの頃は何だか学生さんたちと見学の人とが居る周りで蕨を採るのは抵抗があった。

でも考えてみれば、ふうわりと空を漂うグライダーがあり、その眼下にのん気に蕨採りをしている人が居るというのも、それはそれで絵になるのではなかろうか。

なんて思って、グライダーを見上げながら蕨を採った。

びっくりしたのは、グライダーの音だ。無論グライダーだから、エンジンなんてない。私は無音でゆったりと跳ぶものだと思っていたけれど、実際は二つの音が聞こえる。

一つはグライダー自身が風を切る「ひょおう」と言う音、もう一つは、これは謎なのだけれどジェット機が出すようなごうごうとした残唱が聞こえるのだ。

風を受けて飛んでいるはずなのに、風の向きなど何も気にしない風にくるくると自在に向きを変えて、時に速く、時に信じられないほど遅く、気もち良さそうに空を舞っていた。

時々思い出したように蕨を採りながら空を見上げ、離発着の時にはじっとその様子を見守ったりして、いつもより遅く流れる時間を体中で吸い込んだ。

やがて日が傾き夢のような夕暮れがやってきて、礼儀正しい学生さん達の居る高原を後にした。

高速道路を走って家に戻った我々は今、信じられない量の蕨を前にして途方に暮れているのであった。

ででん!(効果音)

なお、脳内で稲川順二の声に変換してお楽しみください。


・・・・これは、私がある会社の事務所で経験したお話なんです。

ある日、緊急のお仕事が入りまして、どうしても明日の朝十時までに納品をしなくっちゃならないと言うのがありましてね。

忙しい仕事で、普段でも事務所の中に夜遅くまで残っている人が居るものなんですが、その日に限って誰も残っていなかったんです。

それで、私が引き受ける事になりましてね。

まだそのお仕事を始めて間もないころでしたから、間に合わそうとして必死にやりましたよ。

それで、真夜中三時ごろでしたかねえ。

私一人で、ヘッドフォンで音楽を聞きながらやってたんですが、事務所の入り口から、「axhighさん?」って、私を呼ぶ声がするんです。

私の机と言うのがL字に曲がった事務所の奥のほうにありまして、入り口は見えないんです。

「は~い。」

私、返事して見に行きましたよ。てっきり、仕上がり具合を確認にきた製作部の人だと思いましてね。

でも、考えてみたらそれを発注した人だって顔見知りだし、何も入り口で呼びださなくったっていい。

私の机までくりゃいいんですから。ちょっと不信には思いましたよね。

まあ呼ばれたものは仕方が無い、私、見に行きましたよ。

ところが、入り口は閉まったまま。誰も居ないんですよ。

念のため扉を開けて確認してみましたけど、誰も居ない。

おかしいな、と思いましたが、締め切りが迫っていますからすぐ机に戻って仕事しましたよ。

そうしたら五分と経たないうちにまた「axhighさん?」と聞こえるんです。

ああ、今度こそ、と思って私「は~い」と返事して出て行きましたよ。

そしたら、また誰も居ない。

流石にちょっと無気味になりましたね。

当時仕事をしていた会社、そこは有名なところで、名前を出せば皆さんご存知の方も多いと思うんですけれど、その知名度にもかかわらず私の居た建物って言うのが信じられないくらい年代物でしてね。

狭い通路が入り組んだ迷路みたいになってますし、殆ど廃墟みたいになってる個所もあって、当時からいろんな噂がある建物だったんです。

入り口に置いてある大きな人形の首の向きが変わるだとか、自動販売機の上の狭い空間にこっちをじっと見ている人が居るとか。

まあ、よくある他愛無い噂なんですが、ちょっと気味が悪くなりましたよね。

それで私、事務所の奥にある窓を、大きく開けたんです。気分を変えようと思いましてね。

じゃっ、とカーテンをあけてカギを外し、ラララララッ、と勢い良くあけたんです。

そうしたら。

まっくらな闇の中、しろ~く浮かんでるものがあるんです。

最初は何だかわかりませんでしたよね。あれ、なんだろな、って思って、良く見てみたんです。


それ、手だったんです。

手首から上の人間の手が二つ宙に浮かんでまして、まるで何かをつかもうとするかのように、助けを求めるかのように、段違いに空中に二つ、ぽつ~んと浮かんでるんです。

私、ドキーッとしまして、慌てて窓を閉めましたよ。

それでも、仕事はやんなくっちゃいけない。締め切りが迫っていましたからね。

びくびくしながら、仕事やりましたよ。

ヘッドフォン外して、部屋に音楽を流しながら、それでも何とか明け方には終えることができましてね。

何とか終わって一息つきまして、昨日のアレは一体なんだったんだろう、と思いましたよね。

外も十分明るくなりまして、早い学生達が窓の外を歩いていく声なんかが聞こえましたから、私、思い切って窓を開けてみたんです。

・・・・・私、見てしまったんですよ。

ブロックの塀から真っ直ぐに突き出た、さびた鉄筋の上。

その鉄筋の上に干してあった、白いゴム手袋を。
全く上手い具合に、何かをつかもうとするような感じで干されていたんです。

・・・・・・そんなふしぎな体験を、しましたね。

まだ、駆け出しの社会人だった頃のおはなしです。

安っぽいものの色、というのが好きで、子供のころからそんな色に惹かれてばかりいる。

たとえば、再利用したガラスのうす青い色や濃い緑色だとか、露天で売っているおもちゃの拳銃のギラギラの緑(角がこすれて、すぐに白い地が出る)など。

色もさることながら、それらの物のもったチ-プさが好きだった。

特に露天のおもちゃ屋にあふれていたギラギラした青や緑は、その派手な姿と対照的にある種の物悲しさをまとっていたように思う。

露天というのは皆、派手さと寂しさを持っている。

明るければ明るいほどその物悲しさは強くなり、思わず食べもしないわた飴を買ってみたりする。

最近は少ないが、昔はこのわた飴の袋も何処かで見たようなニセモノがあふれていたっけ。

もうすぐ私の町ではお祭りがはじまる。

「万引寺の市」と銘打たれたそれは、子供の頃はクリスマスなんかよりも待ち焦がれたお祭りだ。

町の通りに露店が並び、この一週間は子供が毎日お小遣いをもらえると言うのが慣わしだった。

要領のいい子は小遣いを貯めて最終日に大きな買い物をするのだけれど、もちろん私は毎日きっちりと使い切っていた。

今はもう随分と規模が小さくなってしまったらしいのだけれど、それでもずっと東京にいた私にとっては久しぶりの万引寺の市だ。

ところてんを食べ、割り箸に巻いたお好み焼きを食べ、グリーンティーを飲み、スノーボウル(要はカキ氷)を食べなければならない。

そして、祭りを背に家路につく寂しさを味わう。

子供の頃の私は、そんな寂しさを、それはそれは愛していたのだ。


素敵な色はたくさんあって、どれか一つといわれても困ってしまう。

それは食べ物に似ていて、好きな食べ物はたくさんあっても、その時一番食べたいものが明日もそうだとは限らない。

肉が魚に劣っているとか、野菜が果物より上等だ、なんて議論は全くばかばかしい。

赤には赤の世界があるし、青には青の風情がある。

結局行き着くところは好みという事になるわけなのだが、たまに自分の「好み」以外のものを否定する人がいるのが困ったものだ。

まあそんな人の事はさておき、色のお話である。

色の記憶というのかしら、臭いと色、と言うのは記憶と深く結びついているものらしい。

何かしらたのしい事があって、そのとき印象的だった色はやっぱりうれしいイメージがつくし、その逆もまた然り。

色そのものに何の罪も功績もないのだけれど、たぶんそんな風にして色の好みは決まっていくのだろう。

個人的に目を引く色というのは柿色だろうか。

オレンジ色、といってしまうとパッと明るいイメ-ジになるのだけれど、それよりはもう少しくすんだ感じのまさに「柿色」なのだ。

すごく落ち着いた感じがするし、豊穣のイメ-ジがあって何だか嬉しくなる。
日本の色の表現と言うのは、どうしてあんなに美しいのだろう。

浅葱色、梅鼠、老緑、滅紫、白緑、山吹、裏葉色・・・。
レッドやブルーと言うのもわかり易いけれど、日本の色の表現はじんわりしみてくるかんじ。

ブラウンと言われても実際にその色を知らなければ浮かんではこないが、朽葉色と言われると、何となく浮かんでくるからふしぎだ。

柿色以外にも好きな色は沢山ある。

でも、一番好きな色は、と聞かれて、何も答えないのも何だかつまらない気がする。

そう思い暫く逡巡したあとに出した答えは、「雨にぬれたもののいろ」だった。