てざわりの記憶 -25ページ目

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

どぼーん。

派手な音をたてて、あたしは水の中に沈む。

両足の重りは、ゆうに80Kgはあるだろうか。

あたし、そんなに浮力(脂肪)ないのに、これは失礼だと思う。

だんだんと遠くなっていく水面のお月様のゆらゆらを見上げながら、 不器用に縛られたあたしはするすると海底に向かっていった。

ぱちゃりと言う音をたてて(そんな気がしただけだけれど)お月様をやぶって、彼の顔が水中にあらわれる。

夜の海なので随分と暗くてはっきりとは見えなかったけれど、あたしは精一杯の笑顔を返す。

やがてそれもすぐに見えなくなり、あたしの視界は真っ暗になった。

・・・・・。

ずいぶんと潜っただろうか、やがて両足の重りがこつん、と海底に降りる。

もうもうと土煙(?)が上がり、当り一面真っ白になっている・・・はず。

なにせ、ここまで深くなると何も見えないのだ。

もっともあたしは沈んでくる途中死んだので、明かりが有っても、周りが見えたかどうかは怪しいのだけれど。

いやはや、苦しかった。もう死ぬのはゴメンだ。

まあでも、今やそんな心配は無用。

死体のあたしはゆらゆらと揺れながら、海底にも潮の流れがあるんだなあ、なんてのん気な事を考える。

海の底は重暗く静かで、、まるでこの世じゃないみたい。

さて、何時になったらこの体から出れるのかな。

まだ出れないところを見ると、もしかしてあたしまだ、死に切れてないのかしら。

「わあ!」

「ひゃあ!」

突然背後で上がった悲鳴に、あたしは悲鳴で返してしまった。

「ねえちゃん、こげんところでなにしちょるんか!?」

「いや、えっと・・。」

あ、ちょっとずつ体からずれてきた。

頭の方から少しづつ、体とは別に幽霊のあたしが動けるようになってきている。

もう少しでこの体から出れそう。

「ごめんなさい、ちょっとまだ慣れなくて・・・。よいしょ、よいしょ。」

あたしはまるで捕まれたうなぎのように体(?)をぶんぶんとよじって、自分の死体からおさらばしようとしていた。

「おいおい!あんたまだ生きれるんやないんか?」

何とか動くようになった上半身をねじって後ろを見ると、見るからに漁師といった風情の、赤銅色の逞しい肌をした幽霊(推定70歳)と目が合った。

「いや、もうダメですよう。だって、もう15分くらい経ってるし・・・。」

「いいから、まっちょれ。」

そう言うと漁師さんは何だかわからない言葉で暗い海に向かって叫んだ。

少しすると、上の方から銀色の魚達が何か運んできた。

タコツボだ。中に空気が入っている。

それをおもむろにあたしの頭にがぼっとかぶせた。

バンザイをした格好で足に重り、頭にタコツボのあたしの死に様。

「こ、こんな格好で発見されるのはイヤあ!」

「わがまま言うな!」

漁師のおじいちゃんは、呆れた様子で腕を組み、あたしの足もとに視線を落とした。

「しかしまあ、あんたこげな重りまでつけられて・・・。殺されたんか?」

「はんぶん、そう。」

「じゃあ半分はナんか?」

「・・・・はんぶん、じさつ?」

アイツの所にいたら、いつか殺されるかもしれない、とは思っていた。

普段からわりと半殺しの目にはあっていたし、何か危ないことに、アイツが手を出している事も知っていた。

だから、アイツがあたしに「愛している。死んでくれ」と言った時もさほど驚かなかった。

そう、とだけ答えて理由も聞かす、あたしは黙ってアイツとアイツの仲間が乗る船に乗ったのだ。

あたしに謝りながら、泣きながら不器用にあたしを縛るアイツも、愛しかった。

泣かないで、あたしなんかのために。

船から落とされる寸前、あたし達は長いキスをした。

もう、この世のものとは思えないほど(我ながら気が早い)、あたしは幸せだった。

「だから、いいんです、このまま死んでも」

黙って聞いていた漁師のおじいちゃんは、頭を抱えてうなった。

「訳がわからん。せっかく、ここから出れると思うたに、こげなんが来てしまうとはのう・・・。」

「・・・?おじいちゃんは、ここから出れないの?」

「船が台風で沈んでの。それ以来、ずっとここなんじゃ。たまに潜水夫なンかがくるんじゃけれど、どれンこれン立派な守護霊がついちょる。誰かの守護霊に就職せんと、こっから動けんのじゃ。」

「ふうん、海の底も就職難なのね」

「めずらしく何の霊にも守られてないのがいたと思ったら、これじゃ。生きる気力がなンもねえ・・・。」

「・・・・ゴメンナサイ」

なんであたしが謝るのかわからないけれど、申し訳ないような気がした。

「じゃが、この千載一遇の好機、ワシはにがしはせんぞ!」

「??」

おじさんは腕時計(・・・なんで動いてるの?)を見ると、やおら上に向かって口笛をふいた。

すると今度はすごい勢いでノコギリザメが降りてきた。

おじさんがあたしの足もとを指で指すと、鼻先のノコギリでごしごしと足のロープを切り始めた。

「ちょ、ちょっとヤメて!あたしが生きてちゃいけないの!」

「なんでじゃ?」

「理由は、わからないけど・・。あたしが此処で死なないと、きっとアイツ困るもの」

「ふん。アンた、モノを知らなさ過ぎるわい。そろそろこの上を漁船の網が通る。それにのっかって、地上へ戻るのじゃ!」

ぶつん。

ノコギリザメのが足のロ-プを切断した。

ったくアイツも、仲間が言ったとおりにもっと頑丈なロープにしとけば良かったのよ!

「ちょ、困ります!もし助かってもあたし、自殺するかんね!」

「わっはっは、人生に失敗は付き物じゃ。これから一生かけて、ワシが性根を叩きなおしてやるわい!」

「イヤぁ~!せめてタコツボを外して~!」

・・・・・・。


そんなこんなで、地上に戻ってきました、あたし。

一週間ほど病院で意識不明だったあたしの体の上で、このおじいちゃんの説教を聞く羽目になった。

そのあいだ一度だけ、アイツが病室にやってきた。

ドアのところにたってニ、三分あたしの顔を眺めただけで、さっといなくなってしまった。

おじいちゃんは「腰抜けめ!」と笑ってたけど、あたしは申し訳ない気持ちで一杯だった。

目がさめたあたしは、一気に忙しくなった。

警察の調書(黙秘で通した)取材の申し込み(特集、タコツボ少女、奇跡の生還!)無論断った。

検査やなにやら。

生きて帰ってきてしまったことであたしはベッドの上で、幽霊だったころよりも幽霊らしく無気力になってしまった。

生身の体に戻ってしまったせいか、目がさめて以来おじいちゃんの姿が見えない。

時々真夜中に「守護霊なんだから、少しはあたしをはげましてよ・・・。」なんて言ってみるけれど、何の反応も無い。

希望は捨てちゃいけない、何とかスキをみつけてもう一度死ななきゃ。

そうおもって窓から飛び降りても、たまたま下を通っていた漁協のタンク車の水槽に飛び込むし、シーツで首を吊ろうとしてベッドからめくったら巨大フナムシが居て気を失うし、薬局から盗み出した薬をまとめ飲みしたらすこぶる体調がいい上に、便秘まで解消されてしまった。

そんなこんなで、とうとう無事に退院してしまったあたし。

タコツボ少女の退院とあってマスコミがぞろぞろやってきて、あたしは顔から火が出るような思いだった。

「退院おめでとうございます!」

「海で溺れた理由は!?」

「あのときのタコツボ、お守りにしてますか?」

しーるーかー!

あたしは看護婦さん達の花束も受け取らず、小走りでタクシーに乗り込んだ。

運転手にどこまでいきます、と聞かれて、あたしははたと困った。

もう、あたしには帰るところなんて無い。

少しかんがえて、あたしは言った。

「海へ、やって頂戴」


(続いちゃいます)

いろいろとやっては見るものの、どうにも胸のつかえが取れなかった。

まだまだ問題は山積しているけれど、一つ謎が解けたのでその事を。

私は父親の事が大嫌いだ。

子供っぽく大声で怒鳴り散らしすくせに恐ろしいほど小心者で、その場その場を適当に繕ってはしわ寄せを他人におしつけ、酒を飲んではどうしようもないトラブルを引き起こして家族に恥を、他人に迷惑をかかせて、そのくせ次の日にはケロっとして、こちらがその事について何か言うと逆ギレをする。

仕事をサボるなんてのはお手の物で、運転の仕事をしているのに職場に酒の臭いをさせて出かけ追い返されたりもする。

人の善意を受ける資格は自分にこそあると思っているし、与えられない事に常に不満を抱き、他人を責めるか自分の嘘八百の過去を語るときだけ声高に元気。

何か一つ施したら、それが全てと言わんばかりに他人に何百倍ものお返しを求め、それがないと怒り、そういうのがわずらわしいので(本人が善意だと思っているらしい)行為を断るとやっぱり怒る。

小心者だから他人に対しては脅すか従うかしか選択肢は無く、自分の評判が常に気になっていて、それでいて(それゆえ)他人の悪評を広めるのが好きで、常にアンテナをはっている。

自分の子供、家族も当然脅すし、責任の全てを自分以外の人間に求めて、嫌味な態度で反省を求める等々・・・。

・・・・ああ、少しすっきりした(笑


でも、今揚げたのは全て本当のことで、当然のことながら大人になったかつての子供達には、今や全く相手にされない。

それでも経験とは恐ろしいもので、そういう状況を「学んで」しまった代償はとても大きい。

そこから立ち直るのは容易ではないし、時間も掛かる。

他人から見ればおかしなその「知識」なんかsっさとすてればいいものなのだろうけれど、そこの所がアダルトチルドレンの淋しい所で、これがなかなか捨てられなくて、理解してもらいにくい。

なにせ、自分でもどうしていいかわからないのだ。

人から見たらまるで「治るのを拒否している」ようにさえ見えるだろう。

どんな目に合わされようとも、子供にとってはどんな親だろうと親なのだ。

何年もたって、自分が大人になったとしても、自分と親の関係を思い返すたびに心からは血が吹きだす。

どんなに憎んでも、(たとえ結果的に親を殺すような犯罪に至ったとしても)子供はやっぱり、自分の事をわかってほしいと思うものらしい。

そして、その事こそが自分を苦しみに縛り付けている要因なのだ。

許す、と言う事は、静かに「放す」ということなのかもしれない、と気がついた。

心の奥底に積もった淋しさを掘り起こし、一つづつ解放してやりたいとおもう。

自分は、もう自分の好きに生きていく。

もうわかってもらうための虚しい努力はよそう。

親も、好きに生きて好きに死ねばいい。

もはや私とは、何の関係も無いのだ。

そんなふうに思うと、一つ楽になれたような気がした。


・・・・あれ、アダルトチルドレンの本にも、似たようなことが書いてある(笑

何度も読んだはずなのに、おかしいなあ。

知ることと理解する事は、こんなにも離れているのか(笑

まだまだ、時間が掛かりそうだ。

ある日、目がさめた私の枕もとにいきなり人が立っていて、とってもびっくりした。
私は短い悲鳴をあげて、布団を抱きしめたままベッドの端まで後ずさった。
人影は動かない。
だれ、と聞いても返事は無い。
ただ、少し悲しそうな目をして、私の事を見つめている。
おっかなびっくり確かめてみると、それは私だった。
私ならしょうがない。
目の前の人物に私と言うのも不便なので、そいつを「みっち」と名づけた。
学生時代のあたしのニックネ-ムだ。
部屋から出て会社に行く準備をしている間、ずっと何も言わずに後を付いてくる。
それでも一応、私が顔を洗い終えるとおずおずと顔を洗い、歯を磨き、朝食も私の半分ほど食べた。
流石に会社に連れて行くわけにはいかないので、知らない人が来ても戸をあけちゃダメよ、と言い残して家を出た。
「みっち」はうなづいて、私が出た後にカギを閉めた。
妙な事があった朝なのに、何だかいい気分だ。
お昼休みに彼氏に電話をかけて、事の顛末を語った。
彼は黙って私の話を聞いていた
一通り喋り終えて私が「どうおもう?」と聞いたら、さも呆れたようにこう言った。
「君にこそ、どう対応していいのかわからないよ。昨日、別れたばかりだって言うのに」
あ、そうだっけ。


「ただいま」
会社から帰ると、電気もつけないで「みっち」はテレビの前に座っていた。
テレビはビデオチャンネルの真っ青な画面になっていて、彼女はずっとそれを眺めていたのだ。
見るものが無ければ見なきゃいいし、見たいものがあれば見ればいいのに。
私は夕食の準備をしながら、彼女に今日の出来事を語った。
「でね、ほんっとに頭に来るのよ、あのオヤジ」
終始上司のセクハラオヤジの愚痴になってしまったけれど、彼女は聞くともなしに私のほうを向いていた。
その日は結局、簡単なおかずと結構な量のお酒で、夕餉を済ませた。
彼女も少しだけお酒を飲んだ。
ニ、三口飲んだだけで少し酔ったようになって、ぽろぽろと涙を流し始めたので慌ててベッドに連れて行って寝かせた。
その日、私はソファで眠った。

次の日の朝、あれだけお酒を飲んだにもかかわらず快調な目覚めだった。
彼女の様子を見にベッドへ行くと、泣きはらしたような目をしながら、何だか不機嫌な様子でベッドの上に座っていた。
おはよう、と私が言うと、伏目がちに口を尖らせながら小さくうなづいた。
お気に入りの小島麻由美なんか口ずさみながら朝の準備を整える。
今日は彼女は私の後をついてこない。
ソファの上でクッションを抱きしめて、ずっと不満顔で外を眺めていた。
何か嫌な事でもあったのだろうか、私は彼女をそのままにして家を出た。
その日のお昼休み、同僚の子たちと近所の公園でランチをしていると、
「あんたって、タフね」と言う。
どうして?とたずねると、「昨日あんな目に遭ったのに」と言う。
そうだっけ?


そんな日が続いて一ヶ月、あたしは今ベッドの上で寝ている。
気だるくって、ぼんやりといい気分だ。
となりの部屋からは、小島麻由美の鼻歌が聞こえる。
やがて部屋の戸が開いて、彼女が顔を出す。
「今日は彼の家に泊まってくるから、夕ごはんは適当に済ませて頂戴。電話が掛かってきても、出ちゃダメよ。あんた、自分の意志ではっきり判断が出来ないんだから、トラブルのもとよ」
あたしはベッドから手だけ出してひらひらと返した。
彼女はさも呆れたように溜息をつくと、忙しそうにばたばたと出て行った。
家の留守電から察するに、彼女(わたし?)は彼とヨリを戻したらしい。
仕事も順調な様子だ。
私と違って彼女はずいぶんとワガママで、言いたい事をずけずけと言う。
私は今、一日の大半をベッドの上で過ごしている。
時折、胸が苦しくなるほどの寂しさや悲しさ、怒りなんかが胸をよぎるけれど、まるで何かに吸い取られるかのように消えていってしまう。
良い事だ。
みんな、私には不要なものなんだから。
彼女に、引き取ってもらおう、ぜんぶ。


こんな日は なにもかもが とおりすぎてしまう


うれしいことはむかし たしかにあった


おかしいことも 


なのに


乾いたきゅうりの あたらししい切り口をきざむように

 

傷が 痛みだけが いつも新鮮で


いいことはみんな 過去になってしまう


誰にもみえない痛みだけが 自分の事を知っている




何だか久しぶりの日記です。

以前の日記で、久住高原に出かけた事を書いた。

とても良い気分ですごさせていただいたのを、今でもはっきりと憶えている。

爽やかな高原の空気、のんびりと空を舞うグライダー、礼儀正しかったグライダー関係者の方々。

それから幾日もしないうちに、新聞にグライダーの悲報が載った。

全国の大学のグライダー研究に携わる人々が一同に会し、久住高原にてグライダーの全国大会が行われるまさにその日の朝だった。

パイロットは二人とも経験豊富な方だったと聞く。

はっきりとした事はわからないが、いくつもの要因が重なって起こった不幸な事故らしい。

大会は中止になった。

大空をたくさんのグライダーがふわふわととぶ姿はさぞかし気分のいいものだろう、なんてのんびりと大会の事を考えていた私はすっかり落ち込んでしまった。

事故は恐ろしい。普段どおり行く事がちょっとおかしくなっただけで、人の命は簡単に奪われてしまうのだ。

自動車のブレ-キ、エレベ-タ-のワイヤー、いや、いま自分が立っている床だってそうだ。屋根も。

考えてみれば人間なんていう世にも不完全な生き物が作り上げたものが何時だって上手く動くだなんて、それ自体が妄想なのかもしれない。

この事故で亡くなったお二方には、心よりお悔やみ申し上げます。

でも、なのだ。

大空をゆったりとグライダーが舞う姿が気持ちいいものであることに、何の代わりも無いのではないか。

・・・これは、悲しい事だろうか。

遠からずきっとまた、あの久住の空にグライダーが舞い上がるだろう。

事故の記憶を胸に秘め、彼らはまた大空を目指す。

その時が来たら私もまた、のんびりとグライダーを見上げに行こうと思う。

あの草原に似合う、ささやかな花束を持って。