どぼーん。
派手な音をたてて、あたしは水の中に沈む。
両足の重りは、ゆうに80Kgはあるだろうか。
あたし、そんなに浮力(脂肪)ないのに、これは失礼だと思う。
だんだんと遠くなっていく水面のお月様のゆらゆらを見上げながら、 不器用に縛られたあたしはするすると海底に向かっていった。
ぱちゃりと言う音をたてて(そんな気がしただけだけれど)お月様をやぶって、彼の顔が水中にあらわれる。
夜の海なので随分と暗くてはっきりとは見えなかったけれど、あたしは精一杯の笑顔を返す。
やがてそれもすぐに見えなくなり、あたしの視界は真っ暗になった。
・・・・・。
ずいぶんと潜っただろうか、やがて両足の重りがこつん、と海底に降りる。
もうもうと土煙(?)が上がり、当り一面真っ白になっている・・・はず。
なにせ、ここまで深くなると何も見えないのだ。
もっともあたしは沈んでくる途中死んだので、明かりが有っても、周りが見えたかどうかは怪しいのだけれど。
いやはや、苦しかった。もう死ぬのはゴメンだ。
まあでも、今やそんな心配は無用。
死体のあたしはゆらゆらと揺れながら、海底にも潮の流れがあるんだなあ、なんてのん気な事を考える。
海の底は重暗く静かで、、まるでこの世じゃないみたい。
さて、何時になったらこの体から出れるのかな。
まだ出れないところを見ると、もしかしてあたしまだ、死に切れてないのかしら。
「わあ!」
「ひゃあ!」
突然背後で上がった悲鳴に、あたしは悲鳴で返してしまった。
「ねえちゃん、こげんところでなにしちょるんか!?」
「いや、えっと・・。」
あ、ちょっとずつ体からずれてきた。
頭の方から少しづつ、体とは別に幽霊のあたしが動けるようになってきている。
もう少しでこの体から出れそう。
「ごめんなさい、ちょっとまだ慣れなくて・・・。よいしょ、よいしょ。」
あたしはまるで捕まれたうなぎのように体(?)をぶんぶんとよじって、自分の死体からおさらばしようとしていた。
「おいおい!あんたまだ生きれるんやないんか?」
何とか動くようになった上半身をねじって後ろを見ると、見るからに漁師といった風情の、赤銅色の逞しい肌をした幽霊(推定70歳)と目が合った。
「いや、もうダメですよう。だって、もう15分くらい経ってるし・・・。」
「いいから、まっちょれ。」
そう言うと漁師さんは何だかわからない言葉で暗い海に向かって叫んだ。
少しすると、上の方から銀色の魚達が何か運んできた。
タコツボだ。中に空気が入っている。
それをおもむろにあたしの頭にがぼっとかぶせた。
バンザイをした格好で足に重り、頭にタコツボのあたしの死に様。
「こ、こんな格好で発見されるのはイヤあ!」
「わがまま言うな!」
漁師のおじいちゃんは、呆れた様子で腕を組み、あたしの足もとに視線を落とした。
「しかしまあ、あんたこげな重りまでつけられて・・・。殺されたんか?」
「はんぶん、そう。」
「じゃあ半分はナんか?」
「・・・・はんぶん、じさつ?」
アイツの所にいたら、いつか殺されるかもしれない、とは思っていた。
普段からわりと半殺しの目にはあっていたし、何か危ないことに、アイツが手を出している事も知っていた。
だから、アイツがあたしに「愛している。死んでくれ」と言った時もさほど驚かなかった。
そう、とだけ答えて理由も聞かす、あたしは黙ってアイツとアイツの仲間が乗る船に乗ったのだ。
あたしに謝りながら、泣きながら不器用にあたしを縛るアイツも、愛しかった。
泣かないで、あたしなんかのために。
船から落とされる寸前、あたし達は長いキスをした。
もう、この世のものとは思えないほど(我ながら気が早い)、あたしは幸せだった。
「だから、いいんです、このまま死んでも」
黙って聞いていた漁師のおじいちゃんは、頭を抱えてうなった。
「訳がわからん。せっかく、ここから出れると思うたに、こげなんが来てしまうとはのう・・・。」
「・・・?おじいちゃんは、ここから出れないの?」
「船が台風で沈んでの。それ以来、ずっとここなんじゃ。たまに潜水夫なンかがくるんじゃけれど、どれンこれン立派な守護霊がついちょる。誰かの守護霊に就職せんと、こっから動けんのじゃ。」
「ふうん、海の底も就職難なのね」
「めずらしく何の霊にも守られてないのがいたと思ったら、これじゃ。生きる気力がなンもねえ・・・。」
「・・・・ゴメンナサイ」
なんであたしが謝るのかわからないけれど、申し訳ないような気がした。
「じゃが、この千載一遇の好機、ワシはにがしはせんぞ!」
「??」
おじさんは腕時計(・・・なんで動いてるの?)を見ると、やおら上に向かって口笛をふいた。
すると今度はすごい勢いでノコギリザメが降りてきた。
おじさんがあたしの足もとを指で指すと、鼻先のノコギリでごしごしと足のロープを切り始めた。
「ちょ、ちょっとヤメて!あたしが生きてちゃいけないの!」
「なんでじゃ?」
「理由は、わからないけど・・。あたしが此処で死なないと、きっとアイツ困るもの」
「ふん。アンた、モノを知らなさ過ぎるわい。そろそろこの上を漁船の網が通る。それにのっかって、地上へ戻るのじゃ!」
ぶつん。
ノコギリザメのが足のロ-プを切断した。
ったくアイツも、仲間が言ったとおりにもっと頑丈なロープにしとけば良かったのよ!
「ちょ、困ります!もし助かってもあたし、自殺するかんね!」
「わっはっは、人生に失敗は付き物じゃ。これから一生かけて、ワシが性根を叩きなおしてやるわい!」
「イヤぁ~!せめてタコツボを外して~!」
・・・・・・。
そんなこんなで、地上に戻ってきました、あたし。
一週間ほど病院で意識不明だったあたしの体の上で、このおじいちゃんの説教を聞く羽目になった。
そのあいだ一度だけ、アイツが病室にやってきた。
ドアのところにたってニ、三分あたしの顔を眺めただけで、さっといなくなってしまった。
おじいちゃんは「腰抜けめ!」と笑ってたけど、あたしは申し訳ない気持ちで一杯だった。
目がさめたあたしは、一気に忙しくなった。
警察の調書(黙秘で通した)取材の申し込み(特集、タコツボ少女、奇跡の生還!)無論断った。
検査やなにやら。
生きて帰ってきてしまったことであたしはベッドの上で、幽霊だったころよりも幽霊らしく無気力になってしまった。
生身の体に戻ってしまったせいか、目がさめて以来おじいちゃんの姿が見えない。
時々真夜中に「守護霊なんだから、少しはあたしをはげましてよ・・・。」なんて言ってみるけれど、何の反応も無い。
希望は捨てちゃいけない、何とかスキをみつけてもう一度死ななきゃ。
そうおもって窓から飛び降りても、たまたま下を通っていた漁協のタンク車の水槽に飛び込むし、シーツで首を吊ろうとしてベッドからめくったら巨大フナムシが居て気を失うし、薬局から盗み出した薬をまとめ飲みしたらすこぶる体調がいい上に、便秘まで解消されてしまった。
そんなこんなで、とうとう無事に退院してしまったあたし。
タコツボ少女の退院とあってマスコミがぞろぞろやってきて、あたしは顔から火が出るような思いだった。
「退院おめでとうございます!」
「海で溺れた理由は!?」
「あのときのタコツボ、お守りにしてますか?」
しーるーかー!
あたしは看護婦さん達の花束も受け取らず、小走りでタクシーに乗り込んだ。
運転手にどこまでいきます、と聞かれて、あたしははたと困った。
もう、あたしには帰るところなんて無い。
少しかんがえて、あたしは言った。
「海へ、やって頂戴」
(続いちゃいます)